Interlude8-4:仮面



「…………魔術師の老人、貴方が何のためにサーヴァントを
倒したがっているのかは判らないが、僕には貴方を信用する材料が無い。
生憎暇な身ではなくてね。悪いが協力は出来ない」
『呵々……そう来るとは思っておった。
そうさな、では儂が―――アサシンのマスターだとしても。
その言葉は変わらぬのかな?』
「―――――――――!!!!」

切嗣の形相が一変する。
セイバーですら背筋が凍るほどの、まるで悪鬼のような表情。

「―――貴様」
『呵々……そういきり立つでない。
確かに儂らの間には不幸な行き違いがあった。
だがの、わかっておるじゃろう衛宮切嗣、これは戦争じゃ。
死地に身を置きその命を失うのは己が責であると』
「――――――黙れ!
貴様だけは……見つけ出して必ず殺す」
『その体で、かの?』
「…………」
「切嗣…………?」

魔術師の声に顔をしかめる切嗣。
セイバーを召喚する為に切嗣は“鞘”を手に入れたらしい。
ならば身体ダメージの類は完治するはずなのだが……。

『逸るでない衛宮切嗣。お主とて叶えるべき望みがあるのじゃろう。
この局面で時間を浪費する余裕はなかろうて』
「……何が言いたい」
『言うておるじゃろう、協力し合えると。
あのアーチャーというサーヴァント、事もあろうに
聖杯の破壊を望んでおる』
「…………!」
「アーチャーが…………」

聖杯の破壊。なるほど、それが彼の最終目標だとするならば
その行動にも合点がいく。


サーヴァントはマスターと聖杯を寄り代にして顕現する不安定な存在だ。
儀式的な側面からサーヴァントを支える聖杯が失われれば
全てのサーヴァントは現界に必要な魔術基盤を失い、何れ消滅することになる。
もとより目指すべき聖杯がなくなれば、戦う意味はそこで失われる。
まさに殺さずして戦争を終わらす会心の一手である。


『彼奴を放置しておけばいずれ聖杯の術式は危地に陥ることとなる。
そうなれば衛宮切嗣、そしてセイバー。おぬしらの願いも叶わなくなる』
「…………」
「…………」
『無論儂とて聖杯を壊されたくは無い。
しかし、アーチャーが立て篭もっておる遠坂邸は正直、
儂のアサシンだけでは手に余るでの。
相手は時計塔のアデプト資格者、万華鏡カレイドスコープに連なる魔術師、遠坂時臣じゃ。
彼奴とアーチャーが力をあわせれば遠坂邸を落とすのは
おぬし達とて難しい事じゃろうよ』
「万華鏡―――キシュア・ゼルレッチ。
では遠坂の魔術師は魔法使いなのですか?」
「……よく考えろセイバー。だとすれば遠坂の系譜がわざわざ
聖杯戦争に参加する意味が無い」
「……なるほど。
ですが……遠坂の魔術師が並みの使い手では無いというのは
理解できました」

万華鏡の直系ではないとはいえ、キシュア・ゼルレッチに関わりながらも
正気を失わずに生き延びているのだ。
遠坂の魔術師、並みの実力ではあるまい。

『故に力をあわせるべきじゃと云うておる。
時間が無いのはおぬしも儂も同じじゃ。
私情を捨てい衛宮切嗣。
時は待ってはくれぬ。儀式が満つるその日までは、もう時間が無い』
「…………」

魔術師の言葉を推敲するように考え込む切嗣。
だがその答えは恐らくNOだろう。
姿も見せず語りかけてくる魔術師の何処に誠意がある。信用がある。
そのような相手の口車に乗るほど、
衛宮切嗣という男は短慮では無いと信じている。


「…………判った」
「切嗣…………!?」


だが―――切嗣の口から出たのは肯定の言葉。
魔術師の提案を呑むという……共闘の返事だった。


「僕は何をすれば良い」
『呵々…………では先陣を切り遠坂邸を叩いてくれるかの。
儂のアサシンは正面切っての戦闘で本領を発揮するタイプではないのでな。
こちらはアーチャーを遠坂邸から引き離す役を負おう』
「アーチャーは遠坂邸からでてくるのか?」
『彼奴め、どうやら大聖杯を叩くつもりらしくての。
その位置の割り出しに冬木を奔走しておるのだ。
日中はそのせいか殆ど家におらぬ。
そこが付け込むべき部分、アーチャーさえ帰ってこなければ
遠坂邸の攻略は可能になるじゃろう』
「至極現実的な戦略だな、了解した」
『策の開始時刻などは追って連絡しよう。
遠坂邸の周辺には侵入者感知の使い魔が放たれておる。
くれぐれも気をつけてな』

その言葉を最後に魔術師の声は聞こえなくなる。


「―――切嗣!!!」


堪らず、セイバーは切嗣を怒鳴りつける。

「何故アサシンのマスターの提案を受け入れたのです!?
彼は私たちを利用するつもりだ!」
「そんなことは判っている」
「ならば、何故―――!!」
「ではこれ以上に有効な策を提示できるのか。
今日一日、何も出来ずに燻ぶっておきながら、
まさか真正面から打ち破ればいいなどと……そんなことを言う気か?」
「そうです。少なくとも今までの私たちはそうして敵を打ち破ってきた。
これからもそうすればいいだけだ。
切嗣、貴方と私ならばやってやれないことは無い。いや、出来る筈だ。
私たちは……力をあわせるべきです」
「………………」

その言葉に呆気に取られたような表情を浮かべる切嗣。
セイバー自身、信用しきれないと思っていた切嗣相手に
何故そのような言葉が出たのか判らない。
判らないが―――二人ならきっと出来る。そんな確信が胸の内にあった。

「……アーチャーの思想にでも被れたのか、セイバー」
「…………!」
「今までだって僕は勝率の高い手段を取って来ただけに過ぎない。
ただそれが今回、敵と手を取りあうことになった。それだけのことだ」
「……っ、ですがっ……!!」
「君と力をあわせる?そんなもの今までだって十分そうして来ただろう。
では君の矜持を曲げることになっても、
僕の言うことを聞いてくれるというのか?」
「…………」
「……ではもう一つ問おうアルトリア。
君はアーチャーのマスターの首を刎ねる事が出来るのか?」
「…………!」

息を呑むセイバー。目の前にいる魔術師の顔をまじまじと見つめる。
その目には、本気しか浮かんでいない。
あのあどけない幼子達を容赦なく殺害する意思しか、浮かんではいない。

「彼女達は……恐らく。ただ巻き込まれただけなんだろうね。
とてもではないがあの年齢で聖杯戦争に参加するとは思えない。
しかも片方は魔術師ですらない見習いの女の子だ。
こんな戦いに巻き込まれていなければ、
毎日を笑顔で過ごしていたことだろう」

一瞬たりとも目を逸らさず、セイバーの目を見つめて云う切嗣。
それは完全な仮面。冷徹な殺人者の仮面。

「けれどもう始まってしまった。参加してしまった。
彼女達は敵なんだ。たとえ戦いたくなくともね。
さて、殺せるかセイバー。相手は幸い二人いる。
片方をこれ以上なく惨い殺し方をして、もう片方を人質に取り、
それを見せ付けてアーチャーの戦意を失わせる。
それを成す事が君に……出来るか?」
「……きり……つぐ……」
「……出来ないのだろう。戦う事の出来ない幼子を殺すことなど出来ないのだろう。
以前もそうだった。君は拉致してきた敵の連れを解放すべきだと
僕に提案したな。いや、糾弾というべきか」
「………………」
「勝つことよりも自身の矜持を守ることに執心し、二の足を踏む。
そんなことは無意味なことだ。勝利すること以上に意味のあることなど無い。
だから僕は君が信用できない。より効率的な手を取った。
それだけのことだ」


けれども、その言葉が。
以前ならば憤慨していたその言葉が。
悲しく聞こえるのは……何故なのだろう。

きっと夢のせいだ。
冷酷でありたいと、そうでなければ戦えないと。
心を隠して戦う彼の姿を知ってしまったから。
だからこそ―――セイバーはその言葉に怒れない。


「私は…………」
「戦いは恐らく明日になるだろう。
来ないならそれでも良いが……どうするかだけは決めておけ」

もう、何を言っても彼には届かないのだろうか。
セイバーはうなだれながら中庭を後にした。



家政夫と一緒編第四部その4。Interlude8-4。
どれだけ強く願ってもどれだけ努力を重ねようとも、
形あるものを守り続けることなんて出来やしない。
だから―――勝って、願うしかない。

神にでも、悪魔にでも、願いを叶えてくれるというのならば、
その為に怪物にだってなってやる。
心も想いも、全て捧げて願いが叶うのなら、
そんなものいくらだってくれてやる―――!

魔術師殺しは後には退けない。
全てのタイムリミットは目前まで迫っている。
その邪魔になるのならば―――切り捨てるだけ。