Interlude8-3:闇



――――――ザザッ。ザ―――――――――――――――!!



―――そして。
次に現れた風景は花が咲き乱れる明け方の中庭。
死の静寂に満たされた空ろな城を背景に、
掠れた亡者の嘆きが庭に木魂する。


「………………っ…………はっ…………………っ…」


血塗れの男が一人、その片隅に立った小屋の入り口で
音の無い笑い声を上げている。

喉といくつかの臓腑を潰され、満身創痍の彼の表情は
流れる血よりもなお鮮明に、消えることの無い慟哭を宿していた。

小屋の入り口にはいくつかの肉塊。
頭を失い、叩き潰され、引き千切られ、撒き散らされ、
グシャグシャに砕かれた亡骸は、
部位の判別がつかないほどに酷い有様。
とても人の手によるものとは思えず、
これをやった何者かの正気を疑う惨状だった。
落ちているいくつかの武器から、彼女らはこの小屋を守って死んだので
あろう事が伺える。


そして、男が見つめる部屋の中。


そこにもまた、首と心臓を失った遺体。
脊髄ごと引き抜かれたのか背中は大きく裂け、
惨たらしい様相を呈している。

遺体が身に着けている夜着には見覚えがあった。
この城を管理していただろう聖女―――アイリスフィールの衣服。
お世辞にも成熟した女性とは思えない細い体躯と、
血に汚れて判りにくいが雪のように白い肌が彼女だということを示していた。


「…………っ…………はっ……っ……は……
……ぐう……う……うううううううううううううううう!!!」


男は笑いの途中から咽び始め、喉の奥から血の塊を吐く。
四つん這いになり、泣きながら、どうしようもなく泣きながら、
ただただ自らの内容物を吐き出し続ける。

胃の中のものを全て吐き終え、ふらふらと立ち上がると
部屋の中央で倒れている遺体の前にしゃがみ込む。

「…………」

死後硬直が始まっているのか、硬くなり始めた腕を胸の前で合わせてやり、
細い肩を抱えあげると、眉根を寄せて強く抱きしめた。


「あっ…………くっ……ああ……ああああ…………!!!!
ア………っ……イ…スっ…………リスぅっ……!」


その姿は―――なんと頼りないのだろう。
まるで親とはぐれた子供のように脆弱で哀れな背中。
守るのだと決めた大切な人を、守れなかった男の背中。


「ああああああああああああああ…………!!!」


その思いが、意思が、悲しい慟哭が、砂嵐の暗い映像の中に
漂ってくる。



―――好きになった人は悉く命を落としてきた。
自分のことで精一杯だというのに、殺すことしか能の無い下種が
誰を守れると言うのか。
誰もが出来る、愛して守るあり方を為せないからこそ、
殺して生きる下種な生き方に手を染めたのだろう。



何を思い上がっていたのか、人間以下の畜生。
それがお前だ衛宮切嗣。



ならば、もう迷うな。もう望むな。
お前に出来ることなど限られている。
攻めて攻めて、残酷に惨たらしく攻め続け、
悪と定めたならば命乞いをする人間すらも容赦なく撃ち殺す。


殺して殺して、殺してころしてコロしてコロシテ。


何処の誰かも知らない誰かを救う。



―――“魔術師殺し”。
ただそれだけだ―――!!





◇  ◇  ◇  ◇




ガバッ―――!


嫌な気配を感じ、飛び起きたセイバーは布団から飛び出すと
即座に武装し、切嗣の元へと駆けつける。

「――――――切嗣!」

部屋の壁を背に中庭の様子を伺っていた切嗣は顎で庭を指し示す。
言われるまでも無い、マスターを守るのはサーヴァントの仕事。
風王結界を構え、屋敷の廊下へと踏み出すセイバー。

「―――何者か」
『………くく………。
なか…かに質の良い結界を敷いているよ…じゃな、
まさか気取られるとはおもわなんだ』

庭の静寂をかき乱す異様な音。
それは、声というにはあまりにも奇怪な旋律。
庭に居る虫たちの鳴き声、その音階一つ一つが重なり、震えて、響きあい。
まるで人の声のように生成され、二人に語りかけてくるのだ。

「面妖な………。あなたは何者か」
『さて、事の次第によっては儂がおぬしらの何になるか。
変わってくるやも知れんな』
「………何だと?」
「―――セイバー、もういい」

殺気立つセイバーに下がるように促すと、切嗣は座したまま言葉を紡ぐ。

「魔術師。僕は回りくどいのが嫌いでね。
用件を言え」
『くっくっ………話が早いのう、衛宮切嗣。
では、話そうか―――』



家政夫と一緒編第四部その3。Interlude8-3。
夢は相容れなかった男のもう一つの姿を、
騎士の中に鮮明に焼き残す。

それは、救えなかった者が抱く闇。
狂おしいほどの愛情がもたらす―――絶望だった。