親子:前編



―――傷つき消耗した体で習得した套路を再現できるわけもなく、
衛宮切嗣との戦いに敗北した時臣。
しかし、ここで無様に殺されるわけにはいかない。
幻覚と視覚妨害の礼装を利用して
切嗣を出来うる限り屋敷から引き離し、屋敷の裏山に至る。


「はあ……はあ……」

宝石で作ったリスを二人の下へ放ち、力なく膝を突く。
放たれる銃撃音はまだ遠いが、徐々に近づいてきており、
時臣はいよいよ以って追い詰められたなと覚悟を決める。
この辺りは魔力の霧が届く最も外れの場所だ。
これ以上移動すれば幻覚で衛宮切嗣を惑わすことは出来なくなり、
為す術もなく殺されることだろう。

『せめて……アーチャーの元まで二人が逃げるだけの時間を……
稼ぎたいところだが…………』

ふと気付き自嘲する。
アーチャーを敵とみなし、協力も断り、挙句彼を待つことなく戦術を組み立て
敗北したのは何処の誰なのか。
なんと愚かしい。娘たちの為と謳いながら、
時臣は二人の命が脅かされる状況に陥ってしまっている。

霧の魔術制御を駆使しながらも、そんな風に自身を苛む時臣の胸中は
強い後悔に満ち溢れていた。
思い出すのはアーチャーの言葉。頭を下げた彼の言葉。


『一人で出来る事など何程のものでもない。
一人では、誰も救えない。
手を差し伸べても握り返してくる手がなければ誰かを救えない。
それを………凛たちに教えてもらった。
―――だから。
恥を忍んで頼む。この戦争―――巻き込まれてくれないか』


ああ、自分は知っていたのではないのか。
判っていたはずではなかったのか。
手を取ることで収まる争いも、話し合うことで和解できる戦いも、
そして―――信じることで、開ける道もある事を。

『どうしようもない……愚か者だな』

例え反目していても、時臣とアーチャー、二人の望みはただ一つ。
凛と桜に、幸せになって欲しい。それだけだったというのに―――。




林に響き渡る銃声は的確に、刻一刻と近づいてきている。
幻影の動きから何処へ行かせたく無いのか、勘付かれてしまったのだろう。
いよいよ年貢の納め時か。
コートの内ポケットから宝石魔弾を掴むと、最後の力を振り絞り立ち上がる。
せめて相打ち、できれば手傷を。悲壮な覚悟を決めたその時。


ガサッ。


蠢く背後の茂み。警戒して振り向いた目に映ったのは、
草葉の陰から顔を出す二人の幼子。

「とうさん……!」
「おとうさん!」
「…………な」

目を見開き二人を見つめる時臣。
家の地下室に隠れていた二人が何故ここにいるのか。
それよりも自分はこのコンディションで二人を守れるのか。
唐突に押し寄せてきた難題と極度の貧血に眩暈を起こし、時臣は膝をつく。
その様子を見て慌てて駆けて来る二人。

「とうさん……っ!」
「あ……わわ……ひ、ひどいです……」

時臣の惨状を見てたちまち涙を浮かべる凛と桜。
二人の前で醜態を晒すわけにはいかないと、
眉間を押さえ意識を覚醒させる。

「私の事はいい。どうやってここに来たんだ?」
「あ……えと……とうさんがわたしたちをよびにくるまえに、
わたしのほうせきちょうをおそらにはなしてて、
おそとのようす、すこしだけどわかってたの……」
「にわさきでリスさんみつけて、ねーさんのまじゅつで
リスさんのきたみちをおっかけてきたんです」

部屋に入ったときに空を見ていたのはその為だったのか。
危地に対する警戒やリスの逆探知といい、
魔術師としての成長振りは賞賛に値するものだったが、
ここに来た軽率は許せるものではない。

パシッ、パシッ!

時臣は残った右手で凛と桜の頬を軽く張る。

「あ…………う」
「う……ふええ……」
「―――馬鹿者!
隠れていなさいとあれほど言っただろう……!
宝石鳥の目を通して見ていたのならば、この戦いがどれほど危険なものか、
おまえにはわかっていたはずだ……!」
「う……ぐす……だ、だって!
リ、リスからきいたもん!わたしたちににげろって……。
そんなのやだっ!」
「けがしたおとうさんをほうってにげるなんてできません!」

目に涙をいっぱいに溜めながら必死になって反論してくる二人。
無謀と知りつつもここまでやってくる勇気に時臣は胸が熱くなるのを
感じるが、その気持ちを押し殺して二人を睨みつける。

「……聞き分けが悪い娘達だ。でははっきりと言おう。
邪魔なんだ。おまえたちがいれば、私は守るのに手一杯になって
敵を倒すことが出来ない」
「―――っ」「―――」
「判ったろう?判ったならば早く行くんだ。
遠坂邸で待っていれば、いずれアーチャーが来る。
彼と一緒に逃げろ。私は必ず、後から追いかけるから」

有無を言わせぬ眼力を持って二人を見つめる時臣。
けれど、二人の娘達はその眼力を跳ね返すかのように強い意志を持って
叫ぶ。

「そんなのうそだよ!」
「やですっ!」
「………………!」
「…………っ…………ごめんね、とうさん。
ほんとは、とうさんのかくごもきもちもわかるの。
だって……。
わたしたちをまもろうとしたあーちゃーが、いつだって
そんなふうにいのちをかけてたから…………わかるの」
「…………」
「それにね。わたしには……さくらには」

そう言って凛は今にも泣き出しそうな桜を見る。

「とうさんが……ひつようなんだよ」
「………………」

こちらをじっと見つめる桜を見つめ返す時臣。

「私は……おまえに何も与えてやれなかった」
「……はい」
「私は……お前に親らしいことをしてやれなかった」
「……はい……っ」
「私は……憎まれて当然の酷い親だ。
それでも、そんな親でも……いいというのか?」
「……はいっ…………!」

ぽろぽろと涙を流しながら時臣の傷ついた胸に飛び込んでくる桜。


「……おとうさん、しんじゃやです………!」
「………………私は」
「わたし、まじゅつ、うまくできるわけじゃないけど、
おりょうりいっぱいできるようになったんですよ……っ」


スーツを握り締め、必死に話す桜。
時臣の右手は桜を抱くことも出来ずに宙を彷徨う。

―――自分には、この子を抱きしめる資格があるのか。

それは、この子と暮らしてきた長い時間の中で
片時も離れることのなかった自責の念。
親らしいことをしてやれなかった、後悔の思い。

けれど、そんな時臣の不安を払いのけるように
桜は強く強くしがみついてくる。


「お、おさいほうも、おせんたくも、あーちゃーさんにほめてもらえるぐらい
うまくなったんですよ……っ
……だから、だからっ……。
わたしもう、やくたたずじゃないから……!
い、いらないこじゃ、ないからっ……!
だからっ、しんじゃいやですよぅ…………!」
「――――――な」


その言葉に、思わず目を見開く時臣。
今この子はなんと言った。自分のことを……いらない子だと。
そう言ったのか―――?


それは……思っても見なかった言葉。
強い後悔を、形にしたかのような―――言葉。
深い霧の中、すれ違い続けてきた親子は初めて……正面から向かい合う。



家政夫と一緒編第三部その46。
親子。
一子相伝が当然の理として存在する魔術の世界では
二子目の子は望まれぬ子と忌み嫌われる。
家督争い、魔術回路の減少、不吉の象徴、etc。
彼らは家長にとって歓迎されない不要因子。
―――だが、それでも。
時臣にとって遠坂桜は愛すべき大切な愛娘だった。