守るべきもの



剣を取ると慌てて部屋の外へと離脱する。
巨大な気配はすぐ近くまで迫っている。追いつかれれば
太刀打ちできるコンディションではない。

―――ダンッ。

だが、中庭に行くアーチャーの眼前に飛び込んでくる
しなやかな影一つ。言うまでも無い、セイバーである。

「…………く」

両者の間合いは約一足、一瞬で終わる距離である。
だというのに、対するセイバーは何故か―――凍りついたように動かない。

「―――あ」

大きく見開かれた目はアーチャーの左手にある
剣に向けられている。
黄金の剣、カリバーン。
かつてはアーサー王の手に在った選定の剣。

「ぐ……う……うううううう」

酷い頭痛を抑えるかのように左手で顔を押さえるセイバー。
何故だか判らないがこれはチャンスだった。
元より比較にもならないほど力の差がある現状、
使えるチャンスは生かさなくてはならない。

「おおおっ!!!」

大きく振りかぶった黄金の剣をフライ球を投げるように
セイバーの頭上へと放り上げると、全速力でその場を離脱するアーチャー。
庭を抜け塀を越え、予想しうる威力圏内から脱出すると黄金の剣に念を送る。


―――壊れた幻想ブロークン・ファンタズム


―――カッ。
グワッ―――――――――!!!!



冬木の夜を明るく染める眩い閃光。あまりの光量に目の前が真っ白になる。
アーチャーの魔力、その半分を充填したカリバーンの爆発エネルギーは、
先刻起爆した宝具爆弾のおよそ数十倍。
上空で起きた魔力崩壊は幽霊屋敷を押しつぶし、
その敷地内に止まらず周辺の畑をも焼き尽くした。

爆発が収まったのを確認し顔を上げるアーチャー。
崩れてめちゃくちゃになった石壁の向こうは深い粉塵に覆われている。
本来屋根が見えた場所には空が見えることから
幽霊屋敷が瓦礫の山と化しているのは想像に難くなかった。

『さすがにこの一撃を受けて無事では済むまい』

直撃を受ければ通常のサーヴァントは消滅必至の大威力。
空中で爆発させたとはいえ、少なくともこれで足止めにはなったはずだ。
遠坂邸へと向かうため踵を返すアーチャー。
だが。


―――ザッ。


耳に捉えた土を踏む音。
目を見開き、粉塵の中を見据える。
そこにはこちらに向かって歩いてくる小柄な影が一つ。

「あ……い変わらず……甘いことです……ね。
アーチャー……」

宝具の爆発前と同じく、左手で顔を抑えながら姿を現すセイバー。
鎧や服がボロボロになっているものの、その体には傷一つ無い。

「……馬鹿な」
「殺さな……い、というその志を……この状況でも貫く
在り……方は立派だが……それでは私は倒せ……ない」
「ク、ククク……。
確かに御身を嘗めすぎていたな。
判った、剣を持ってお相手しよう」

苦笑を浮かべて干将を投影するアーチャー。
こうなれば覚悟を決めるしかない。

「…………アー……チャー。
もう時間が……無い。早く……行きなさい」
「―――なに?」

だが、戦う覚悟を決めたアーチャーの耳に届いたのは意外な言葉。

「主人を……助けたい……のでしょう……?
ならば、行きなさい……」
「どういうことだ、君は私を……」
「間違えるな……アーチャー!」

語気を荒く言い放つセイバー。
そのあまりの剣幕に目を見開く。

「今貴方が守りたいものは何だ……!
あなたの為に泣いてくれる、あの幼子達でしょう…………!」
「…………!」
「あ、安心しろ、私は今……でも貴方の敵だ……。
だが……こんな……こんな形で……わた、私は……」
「セイバー……?」
「ぐ、うううううう、うううううう!」

一際大きい唸りを上げたかと思うと、
セイバーは聖剣を振りかぶり―――自らの足の甲に突き刺した。

「―――!?
セイバー、一体何が…………!」
「い、いきなさいっ!!
手が届く場所しか守れないと言ったのは……
あなた自身でしょうっ、アーチャー!」
「……っ、わかった」

歯を噛み、小さく頷くとアーチャーは踵を返す。

何があったのかは判らない。
だが、酷い苦痛の中に見えたセイバーの眼差しは、
遠い日に―――衛宮士郎が憧れた誇り高い王の眼差しだった。

そんな彼女が自らを傷つけてまでアーチャーを行かそうとしてくれている。
その思いに応えずして何に応えろというのか。


淡い月光の下、冬木をひた走る弓兵。
目指すは遠坂邸、大切な人の住む家。

君達が未来を目指せる場所に辿り着くまで―――傍にいると誓った。
優しい笑顔を守り抜くと、誓ったのだ。
だから誰も殺させやしない。その幸せを守ってみせる。

『待っていろ……!』

だから間に合って欲しい。否、間に合わせてみせる。
一条の弾丸と化したアーチャーは冬木の夜を疾駆する―――。



◆  ◆  ◆  ◆



ぶるぶると震える手で聖剣の柄を握りこむセイバー。
強力な殺意が絶えることなく彼女を襲い続けている。
先の攻撃によるダメージで一度は意識のイニシアティブを取り戻せたが、
気を抜こうものならば彼女の意思はあっという間に飲み込まれ、
彼を殺すために行動を開始するだろう。

アーチャーとの戦いはたしかにセイバーの意思だ。
だが―――こんな形で為される決着などその本意ではなかった。
この名と誇りにかけて、断じて屈するわけにはいかない。


―――ガラッ。


その時、耳に入ったなにかを崩す音。
意識を手放さないように歯を食いしばり、音がした方向へと目を向ける。
見れば何者かが積み重なった瓦礫を除けている。
ドレスを着ているところを見ると女、だろうか。

「……待て。
……何者……か」

奥歯が砕けるほどに強く歯を噛みながらセイバーは女に声をかける。
その声に気付いたのか、白いドレスの女はセイバーのほうへと振り返る。
美しい女だ。まるで作り物のように整った顔立ちは
人間味を感じさせない。

「……衛宮様の、サーヴァントですか」
「―――な、に」

目を見開く。目の前の女はセイバーを見て衛宮様のサーヴァント、といった。
となると彼女はセイバーと切嗣の関係を知っているということになる。

―――否、待て。

セイバーはその顔を見たことがある。その声を聞いたことがある。
見るはずの無い、断片的な夢の中で。

「あ、貴方は……」
「……その様子ですと衛宮様に令呪をかけられたのですね」
「……! 貴方は、やはり…………!」
「わたくしの事はどうでもいいのです。
セイバーのサーヴァント、もし衛宮様に会われるのでしたら……
―――ぃっ!!!」

何かを言いかけた女は唐突に胸を押さえると瓦礫の山に倒れ伏す。

「―――!?」
「あ……ぐ…………ああ……あ」
「……ど、どうしたのです……?」
「うう…………く……」

胸を掻き毟りながら立ち上がると、女は息荒く瓦礫の除去に戻る。

『……何だ? 一体何を掘り返そうとしている……?』

その生存もセイバーにとっては衝撃の事実だったが、
今重要なのは“彼女”がここに何の用があるのか、ということである。
必要なものは切嗣自身が持ち歩いている為、
ここには重要なものなどないと心得ている。
そも、戦闘直後のこのタイミングで何かを探しに来るというのもおかしな話だ。

だとすれば―――セイバーが来る以前。
アーチャーと何者かの戦闘により屋敷が壊れ、
その下に埋まってしまったモノを探しに来たという線が妥当だ。
となれば、答えは一つ。

『アサシンか―――!』


「……ぐ……やめるのです……!
その下に埋まる者を助けようとするのならば、
私は貴方を斬らなければならなくなる……!」
「……っ」

白いドレスの女は胸を押さえながら振り返ると、
近くに突き刺してあった斧槍を引き抜き構える。

「邪魔をするのですか……?
ならば……わたくしも貴方を倒さなくてはなりません」

斧槍から迸る明確な殺意。何が彼女をそうさせるのか判らないが、
あくまでもアサシンを救おうとするのならばセイバーも後には引けない。
足の甲に刺さった聖剣を引き抜くと、女を見据え構えをとる。


お互いを苛むものを押し殺しながら武器を構え対峙する女二人。
月の光差す秋の晩。
崩壊した幽霊屋敷をバックに、弓兵の知らないもう一つの戦いが
始まろうとしていた。



家政夫と一緒編第三部その35。
切り札は炸裂したが、自らの甘さによりその効力を発揮することはなかった。
だが、その全てが無駄であったわけではない。
ほんの僅かに変わったセイバーの言葉に遠坂邸を目指すアーチャー。
果たして間に合うのか。

一方、突如として現れたホムンクルス。
アサシンを救出しようとする彼女を止めるために、
セイバーは身の内で淀む殺意と戦いながら剣を構える。