切り札



ダンッ―――!

抜き身の聖剣を大上段に構え、屋根を蹴るセイバー。

「―――く!」

干将莫耶を投影し攻撃に備えるが、聖剣が直撃すれば
剣の方が無事ではすまない。咄嗟の判断で
バックステップ、攻撃を回避にかかる。


タンッ―――ゴバアアアンッ!!!


「―――!??」

―――その判断が功を奏した。
目の前で起きた現象を信じられず、アーチャーは目を見開く。
聖剣の一撃を受けた地面が爆発したように吹き飛んだのだ。

『なんだ―――尋常な膂力ではないぞ!?』

もうもうと立ち込める土埃。
その奥から感じる恐るべき気配にアーチャーの心臓が
早鐘のように鳴り始める。

『ぐ…………馬鹿な…………』

例えるなら野生のライオンを前にした人の心境。
それは恐怖。源感情に刻印された絶対者への畏怖。
アーチャーの本能が警告を発する。

―――目前の敵と、戦ってはならないと。


「があああああああああああっ!!!」


―――ビリッ!!

響き渡る竜の咆哮。
強力な攻性魔力がアーチャーの皮膚を痺れさせる。

『っ―――来るぞ……!!』


ドガンッ!!


土煙を裂き、陥没した穴から飛び出してくるセイバー。
まるで羽があるかのように地を水平に飛び、
アーチャーを串刺しにしようと聖剣を突き出す。

「ふっ!」

間一髪、サイドステップでその突進を回避すると
間合いを開けるために全力で走り出す。

あれは俄な剣術で倒せるモノではない。
強いて言うならば―――そう。
竜を倒す英雄の力を以ってしか渡り合えないモノだ。
けれども、この身は竜殺しの英雄セイバーではない、弓兵アーチャーである。
ならば弓を以って挑まねば戦いにもならないだろう。

壊れかけた幽霊屋敷の庭を走るアーチャー。
理由はわからないが、セイバーは凛と桜ではなくアーチャーを倒すために
ここに来た。ならばアサシンと同じく自分の進路を妨害する敵だ。
なんとしてもその足を殺し、遠坂邸に向かわねばならない。

『だが、どうする?
今の残存魔力ではアレを倒しきるだけのものは投影できないぞ……?』

一瞬見ただけだが、セイバーの身を覆う魔力放出は
普段の2倍強はあると見える。それだけの強力な防御魔術を
生半可な攻撃で貫けるわけがない。
ただの魔術ならば完全防御、偽・螺旋剣でも有効打になりうるかどうか
微妙なところである。
ならばどうする? 如何にしてセイバーの防御を貫く?
それだけの魔力が充填された強力な投影を、如何にして作り出す―――?


『…………!
あるぞ―――強力な投影なら一つだけ』


気付くと同時にそこへ向かって全力で駆け出すアーチャー。
だが、その背を逃すまいと追走してくる獰猛な気配。

「ちいっ……」

ここで追いつかれてはどうにもならない。
脳内を駆け巡る屋敷の情報からセイバーの足止めに使えそうな
ものを探す。

「こちらだ……!!」

踵を返し屋敷の屋根に飛び乗る。その動きに反応し、急ブレーキを
かけるとセイバーも屋根の上に飛び乗ってくる。
瓦を飛ばし全力で駆けるが、基本能力の違いか見る見るうちに
差が縮まっていく。

『これ以上は無理か……南無三!!』

アサシンを迎撃するために設置したいくつかの罠。
そのうちの一つ、台所に仕掛けた宝具に念を飛ばす。


―――カッ!!! ゴバアアアアアアアンッ!!!!
ズゴオオオオオンッ!!!


爆発、そして連鎖爆発。
爆ぜる宝具の膨大な炎がガスボンベに引火し、巨大な火球を作り上げる。

「―――ぐううううっ!!!!」

セイバーを捉えることには成功したが、
爆発の炎に巻き込まれ吹き飛ばされるアーチャー。
地面を転がり、服についた炎を消し止めると半回転、立ち上がる。
火傷に打撲。少ないダメージではないが戦闘続行は可能だ。
爆発の中心に居たセイバーのダメージはこれよりも大きいはずだが、
その身を覆う強力な防御魔術と再生魔術の程を考えると楽観は出来ない。
最悪、先ほど推定したとおり無効化されている可能性もある。

痛む足を引きずり前へ進む。向かう先は屋敷の奥の間。
セイバーの思い出が残る、衛宮士郎の私室の隣。
そこに投影した剣、それが最後の切り札だ。

「はあっ、はあっ…………」

アサシンの埋まる瓦礫の横を抜け、目指す奥の間はもう目の前。
壊れかけた縁側に飛び乗り、半壊した士郎の私室へ踏み込む。


―――ドサッ。


その時、右腕に走る鋭い痛み。
重い音を立てて床に落ちたのは自らの右腕。

「ぐ…………ううううううううっ!!」

歯を噛み痛みを必死に堪える。ここで膝を折れば終わってしまう。
セイバーが近くにいないところを見ると、
風王結界による射撃攻撃を飛ばしてきたのだろう。
見れば、ここに至る進路にあった屋敷が縦一文字に切り裂かれている。
信じられない威力である。

「ふうっ、ふうっ…………!」

だが、それに感嘆している余裕はない。
右腕を拾い、障子を開けるとそこに―――在った。

「はぁっ……待たせたな。出番だ黄金の剣」

右腕を腋に挟み込むと、残された左腕で畳に突き立つ
美しい剣を引き抜く。

勝利すべき黄金の剣カリバーン

アーチャーの全魔力、その半分を充填し、アサシンを騙す為に
用意した切り札である。



家政夫と一緒編第三部その34。
切り札。
幸か不幸か、アサシンを退けるために設置した武装の数々は
竜を迎撃するために役に立った。
そうして、その手に握られる黄金の剣。