矜持



爆風を受けてもんどりうって倒れるアサシン。
とてつもない熱量と爆風により、
皮膚のみならず聴覚や視覚、嗅覚にもダメージを蒙る。

「―――ギ!?」

身を起こし慌てて周囲を警戒するアサシン。
次は上方、天井裏から途方もない魔力の波を感じる。


ゴバッ――――――!!!


体裁に構ってはいられない。尻餅をついた姿勢のまま腕の力だけで
後方へと飛んだアサシンは廊下を嘗め尽くす炎の海を辛うじて回避する。

「―――ギィッ…………!」

焼け落ち火の粉を飛ばす天井。爆圧は天井を吹き飛ばし、
廊下から居間までの殆どを焼き尽くしてようやく収まった。

なんだこれは、アーチャーは爆弾でも持っていたのだろうか。
爆弾―――爆発。
思い浮かんだのは彼が使う宝具弾の事。
どうやら刀剣を炸裂砲弾として使う例の投擲攻撃は、
着弾をトリガーにして爆発するだけではなく、
彼の任意で起爆できる強力な爆弾にも使えるようだ。
なんとお手軽で強力な兵装なのか。

―――背筋が冷える。
この罠、一体いくつ設置してあるのだろうか。
ここは完全に死地。アーチャーが用意した罠の中だった。

余りにも迂闊な自らの行動に頭を抱える。
課せられた任務はあくまで監視と陽動、ここまで踏み込む必要はなかった。
だというのに、姿を見せたアーチャーを
自らの存在を誇示するように追跡していたアサシン。


『まさか―――私は』


そも任務の性質上、屋敷の中まで追う必要はなかった。
アーチャーの動向は“主”が使う無数の“目”を通して追跡可能であり、
五分という猶予を敵に与えながら追ってこられたのはその為だ。
アーチャーがこの屋敷に入ったことを確認できれば
外から監視するだけでも良かったのである。

ここに到るまでの戦闘も贅肉が多かったといえる。
アサシンの立ち回りは確かに老獪であったが、
彼は本来正面切って戦うタイプではなく、闇に潜み敵を翻弄するタイプである。
普段どおりに立ち回れば、策の本意をアーチャーに悟らせることなく
翻弄し続けることも可能だった筈だ。
アサシンの任務はあくまで陽動と時間稼ぎ。
必要以上に力比べをする意味などなかったのだから。

だというのに常にプレッシャーをかけ続け、
こちらの優位を示し続けたのは一体何故なのか。
―――それはプライドの為。
アーチャーを押し込め、屈辱を味あわせようとする、いわば復讐の為だ。


それは以前の戦い、山中での完全な敗北に起因する。
あそこまで完全に出し抜かれたのは彼の人生において初めてのことだった。
山の老翁を名乗る者が自らが用意した狩場で完全な敗北を喫する。
これ以上の屈辱があろうか。

そう、アサシン―――ハサン=サッバーハは
職業的暗殺者ではあるが、それ以上に暗殺教団ニザールダーイーであり、
イスマイルの理念に熱狂する狂戦士であった。
暗殺者といえど誇り高い戦士、イスラムの戦士は受けた
屈辱を放置しておけるほど恥知らずではないのだ。

自身の中にあった確かな矜持。
倒せないことを前提にして言い渡された陽動作戦。
密かな自尊心を、僅かな不満を、もし見抜かれていたとするならば。
心にあった嗜虐心を見抜かれていたとするならば―――。


『馬鹿な…………ありえない。
どれほどの戦闘経験と監視眼を養えばそんなものを察知できるというのだ』


だが今更後悔しても遅い、状況は既に囲いの中。
この場を切り抜けるならば選ばなくてはならない。
屋敷から速やかに退避し、遠距離からの監視に切り替えるか。
それとも、近距離から圧力をかける現状の監視体制を維持するか。

「ギ……」

相手の位置はわかっている。爆発によって発生した魔力の為に
探知しにくくはなっているが、最も強い魔力の気配は先ほどから動いていない。
ならばこれ以上踏み込む必要は無い。
誇りに拘ったまま勝てる相手ではないことは理解できた。
速やかに退却するべきである。

奥の間に注意を向けながら移動を開始するアサシン。
罠の気配を探りながらの後退ゆえその歩みは亀の様だが、
安全圏まで退却できれば後は動かず見ているだけで戦いは終わる。
それで任務完了だ。

「…………?」

そこでアサシンは気付く。妙だ、何故アーチャーは動かない?
彼も先の爆発でこちらを仕留められるとは思っていないだろう。
ならばなんらかのアクションを起こしてもいいはずだというのに、
奥の間の強い気配は動くことなく座したままだ。
そも時間をかけられないのは彼のほうであり、
アサシンが監視に徹する心積もりなのは十分理解しているはずだろう。
ならば動き回らねばならないのは彼のほうではないか。

『―――っ、余計なことは考えるな、逃げることに集中しろ。
だが……だが』

敵の力を認めるが故に疑心暗鬼に陥り、アサシンはその心を硬くしてゆく。
一度始まった不信はそう簡単に拭えない。
そうして時間ばかりが無駄に過ぎ―――。


So as I prayその体は


壊れかけた聴覚がその声を真上に捉えたとき、
アサシンの頭はようやく解答に行き当たった。


―――unlimited blade works.きっと剣で出来ていた



◆  ◆  ◆  ◆



炎が走り異界が呼び覚まされる。
丘が現実を侵食し、アサシンをその世界へと捉える。

ドンドンドンドンドンドンドンドンッ!!!

空は武器を鍛つハンマーであり、大気は刃を構成する鋼。
何も無い宙空から幾多の剣が鍛ち出され、標的を目指し疾走する。


ザザザザザンッ!!!


「ギッ……!!!」

固有結界の侵食により屋敷が消滅した為、互いを阻むものは何も無く、
アーチャーと共に落下した剣の矢は標的を外すことなく地面へと縫い付ける。
そうして―――消えてゆく固有結界。


ダンッ―――クラッ。


「―――う」

固有結界の発動に残された殆どの魔力を持っていかれたためか、
着地と同時に立ち眩みを覚える。
予想より危ない橋を渡ってしまったが、上手くいったのだ、まあよしとしよう。

「誇りで勝利は買えんよ、アサシン。
……まあ悪くはないがね」

眉間を押さえ足を踏ん張ると、アーチャーは地面に縫いとめられた
アサシンを見下ろす。
手足と胴体の数箇所を縫いとめられ、
うつ伏せの状態で磔になったアサシンは悔しそうに蠢く。
この状態でも生きているのだから、つくづくサーヴァントというものは
出鱈目な存在だなと苦笑する。

「さて」

周囲にある屋敷の強度を確認すると、
干将莫耶を振るい基礎となる柱を両断する。

「―――ギ!?」

ギギ―――ドドドド…………ン。

途端に建物は崩れ、アサシンの上へと覆いかぶさる。
ここまでしておけば少なくとも二日は動けないだろう。
例え消防に通報が行ったとしても彼が救出されるまで一日はかかる。
“一日”。アサシンが動けない一日こそが現状を打破する要。
それだけあれば柳洞寺の結界を突破し、大聖杯を破壊することが可能になるのだ。
決着は明日、日が明ければ全てが終わる。

『だが、今はそれよりも―――』

目指すは遠坂邸、凛と桜の元へ。
急がねばならない。時臣が如何に強力な陣地を保有しようとも、
セイバーと切嗣を同時に相手取れば敗戦は免れない。

ふらつく足を制御して走り出すアーチャー。
残された魔力残量に気を配りペース配分を考える。
アーチャーが辿り着いたとき時臣が健在であるならば問題はないが、
そうでなければ―――あるいは。

『考えるな…………今は辿り着くことだけに集中しろ』

幽霊屋敷の正門を乗り越えようと空を見上げる。
欠け始めた月が浮かぶ青い空を見上げる。


―――馬鹿な。


アーチャーはそこにありえないものを見た。
夜空を照らす銀光を背にして、古い門の上に立つ清冽なる青。

そこにいたのは、遠坂邸にいるはずのセイバーの姿だった。



家政夫と一緒編第三部その33。
地の利、敵の心理、そして奥の手。
全てを駆使してアサシンを封じ込めたアーチャーは
膠着した状況に光を見る。
―――だが。

光を隠すように現れたのは竜の姿。
敵を滅するために現れたセイバーの姿だった。