地の利



賑やかで何処か優しい衛宮邸の居間。
チャンネル争いをする虎と子悪魔を横目に
預金通帳をにらんで頭を抱える遠坂。
そんな風景を背後に俺と桜はキッチンで食事の仕込をする。
何気なく続いてゆく幸せな日常。皆が望んだ優しい日常。

けれど。
こんなに暖かい風景の中に、自分という存在は不相応なのではないかと。
壊れた思いを抱いていた馬鹿が一人いた。

その想いは今も変わらず胸の何処かに在り、それ故に。
そこに在る平和な風景がただの幻視であると断じてしまえた。

「…………」

目の前に広がるのは彼が知るよりもピカピカの居間。
誰の息吹も感じられない、暗くて寂しい広い居間。

「……もう来るぞ」

頬を張り気合を入れると使える最後の魔力を以って干将莫耶を投影する。
準備完了、さあ反撃開始だ。



◆  ◆  ◆  ◆



―――スッ。


音も無く衛宮邸の庭に降り立つアサシン。
ここには主の命でなんどか偵察に来たことがあったが、
その度に探知結界を掻い潜るのが大変だったのを覚えている。
効果の程は侵入者を知らせる程度のものだが、単純ゆえに強力で、
これを無効化するにはよほど魔術に長けているかアサシンのように
隠形に長けていなければ難しい。

故に、この結界を突破したときは暗殺者として腕を鳴らした
アサシンであっても少々いい気分になる。
―――閑話休題。仕事に戻ろう。


外庭から屋敷を見渡す。
屋敷の間取りは頭に叩き込んであるが、わざわざここに逃げ込んだ以上、
地の利は彼にあると思っていい。多少の罠も仕掛けてあることだろう。
とはいえ、アサシンの目的はアーチャーを倒すことではなく、
彼が遠坂邸に向かわないように見張り続けること。無理に戦闘をする必要は無い。
霊体化を駆使して発見次第退避し、監視に移ればよかろう。

「―――キ」

方針は定まった。あとは臨機応変に対応する。
アサシンは無い鼻を犬のようにひくつかせると、アーチャーの気配を探る。

『……居間か?』

微細な魔力の残り香をアサシンの鼻が感知する。反応が弱すぎるためか
居るのかいないのかいまいちはっきりとしない。確認の必要がある。
ダガーを左手に構え、霊体化すると一息に跳躍。狙いは壁越しの奇襲である。
これまで気配遮断により気配を完全に断っていたアサシン、
もしアーチャーがこの先に居るのならば大きな成果を得られる事だろう。
だが。


―――ビンッ。


「―――!?」

壁を突き抜けたとたん、アサシンの顔に引っかかる“糸”。
居間に現れたアサシンに、天井より降る宝具三本―――!!

「―――ギッ!!!!」


ザグッ! ダダンッ!!


着地と同時に両腕で身を庇い横っ飛びしたアサシンは、
一発を右腕に食らったものの致命的なダメージを受けずに済む。
体勢を立て直そうと顔を上げるアサシンに、迫る二刀の赤い巨躯。


ギイインッ!!!


「―――クク。
霊体化は不慣れかね、アサシン」
「―――ギ」

笑うアーチャー。
その手に握られた陰陽剣の一撃を辛うじて防御したアサシンは
そのまま鍔迫り合いに持ち込まれた。

顔に絡みつく糸―――聖骸布。
なるほど、霊的干渉力の強い聖骸布の糸は例え霊体化しても
通り抜けることは出来ないらしい。
それを利用したトラップにまんまとかかってしまったようだ。
霊体化など出来ない生身ならば容易に発見できたトラップ故に、
これは確かにアサシンの不覚であった。

噛み合わされた鉄がギリギリと鳴る。
だが、単純な筋力ならばこちらのほうが強い。
逆に押しつぶそうとするアサシンの気配を察したのか、アーチャーは素早く後退し、
何処からか取り出した剣を投げつけてくる。

「―――ギ!」

二本のダガーを投げ放ちその軌道を僅かに曲げると、身をかがめて
投擲を回避する。
顔を上げれば廊下へと駆け出してゆくアーチャーの姿。
壁を抜いていけばショートカットですぐに追いつけるが、
先ほどの例もあるので慎重を期して居間の出入り口へと飛ぶ。

出掛けに閉じていった襖。
横開きのこの扉は罠を仕掛けるにはもってこいの構造だ。
安全策とばかりに間合いをおいてのダガー投擲を雨と降らせる。
穴だらけになり、フレームも破壊された襖は廊下側に倒れた。

罠が無いことを確認し、廊下へと歩み出るアサシン。
壁に突き刺さったダガーを回収し右腕に刺さった刀剣を引き抜くと、
アーチャーが去っていっただろう廊下の先を見渡す。
屋敷の右半分はたしか部屋が四室。逃げるならば左半分の方が
部屋数自体は多いはずだが、探す側のアサシンにとっては好都合である。
彼の奥の手は準備に時間がかかる分発動させてしまうと厄介なので、
探索に時間はかけられない。

床を蹴り曲がり角まで一気に飛んだアサシンは鼻を鳴らし
アーチャーの気配を探る。
自らの血臭の為少々判り難いが、屋敷の最も奥まった場所にある八畳の寝室。
そこに強い魔力の匂いを感じる。今度は間違いないだろう。

「―――キキ」

自ら追い込まれてくれるとは。
居場所がわかれば問題はない。近づきすぎて彼の奥の手に
巻き込まれるのも面倒である。
屋根上から監視すれば良いかと踵を返したその時。


カッ―――ドゴオオオオオオンッ!!!!


迸る激しい炎熱。
アサシンの横にあった壁が爆発し、その無防備な横面を叩いた。



家政夫と一緒編第三部その32。
地の利。
その言葉を使うのならばアーチャーにとって
ここ以上に有利な場所は存在しない。