幽霊屋敷



夜の冬木を駆ける赤い弾丸。常人では再現不可能な
恐るべき運動を以って立ち塞がるアサシンを突破しようとと試みるが、
弓兵の足では彼を振り切ることが出来ない。

「―――キ」

電柱を使い立体的な移動をしながら圧力をかけてくるアサシン。
考えつくされた移動が先を急ごうとするアーチャーの行く手を妨害し、
攻め立てる。
まさに一進一退、全く進ませてもらえない―――。

「―――キキ」

風に乗って暗殺者の哄笑が届く。
この泥仕合、続けようと思えばいくらでも続ける自信があるのだろう。

『私を上回る泥仕合巧者がいたとは驚きだが、
こちらとて幾多の不利を潜り抜けてきたのだ、
そう易々と思惑にはまるものか……!』


―――ガッ、ズサーーーー!!


屋根を蹴り急制動をかけるアーチャー。
左手に短弓を投影しバックステップ、前方を行過ぎるアサシンに向かって
矢を射掛ける。

キュキュキュキュンッ!! カカカカンッ!!

夜闇を裂いて飛ぶ銀光。機関銃のような乱れ撃ちがアサシンへと迫る。
だがその程度の反撃は予想していたのだろう。その身を素早く
建物の影へと躍らせ連射を回避するアサシン。

「―――チッ」

ここは住宅地のど真ん中。遮蔽の多い場所では投射攻撃の
力を十分に発揮できない。その上、まだ時間は7時過ぎと浅いこともあって
田舎道とはいえ人通りがゼロというわけでもない。
不用意な投射攻撃は控えるべきである。

『つくづくに用意周到だな……厄介極まりない』

大技も駄目、連射も拙い、接近戦も危険となれば先ほどと同じく
中距離からプレッシャーをかけていく戦法しか無い訳だが、
例え先ほどのようにアサシンを追い詰めたとしても
彼が逃げに徹する限りアーチャーにはアサシンを倒す術が無い。
八方塞がりである。

『……闇雲な突破や打倒が駄目となると考え方を変えねばならんか。
ならば』

―――逆に、待ち受けるというのも手か。
彼が追ってくるかは賭けだが、アーチャーがどんな
移動手段を持ち合わせているのか全てを把握していない以上、
おいそれと見失うようなまねをしないだろう。アサシンからは
そう言った任務に対する責任感のようなものを感じる。

彼の行動、性質、その戦略運用。
持ちうる全ての情報から取るべき戦術の可否を判断する。

『―――ふむ。
賭けではあるが上手くすれば可能か……。
では、場所はどうする?』

ひとつだけ、思い浮かぶ場所がある。
今までは精神的な忌避から近寄ることの無かった場所―――幽霊屋敷。
アーチャーの予想が当たっているのならば、その場所は今無人のはずだ。



執拗な牽制射撃が功を奏し、アーチャーはアサシンを引き離すことに成功する。
彼としてみればアーチャーを遠坂邸方向へ行かさなければいいのだから、
逆方向へ逃れる敵を無理に追撃する必要は無いと判断したのだろう。
時間は彼に味方する。凛と桜が殺された時点でアーチャーはその寄り代を失い
消滅の危機に晒されるのだから。

だが、今のアーチャーにとってはその僅かな時間こそが何よりも重要。
アサシンを倒すためにはどうしても、準備の時間が必要だ。


そうして到着した幽霊屋敷。
正門の屋根上から屋敷の気配を探るが、予想通り人の気配を感じない。

“幽霊屋敷”、後の衛宮邸。
最後に見てからもうどれくらい経つのだろうか。
磨耗し、遠い彼方にあったその姿は、アーチャーが知るよりも
ピカピカの姿で目前にある。

『感傷に浸っている場合ではないか』

知り尽くした結界術式を掻い潜り屋敷内部に侵入する。
廊下も壁もピカピカで、これからここを戦場に変えるのは
少々気が引けたが、心を鬼にしてトラップを仕掛ける。
使える時間は恐らく5分少々。その短時間でアサシンを足止め出来る罠を
作らねばならない。

『……ふん、逆に考えろ。
私に対して5分も時間を与えた事を、後悔させてやれ』

そう思えば気も楽になってくる。
アーチャーは罠に使う武装と道具を投影すると、
アサシンの行動に思考を走らせ罠を配置するのだった。



家政夫と一緒編第三部その31。
幽霊屋敷。
一進一退、完全な泥試合に持ち込まれたアーチャーは
状況を打破すべくかつての我が家へと向かう。