月光の中、仮面を白く輝かせるアサシンの姿。
何を以って柳洞寺を離れたのか、訝しむアーチャーは
周囲に彼のマスターがいないか視線を走らせる。
―――見渡す限りに彼女の気配は無い。

『随分とあからさまだな。
それが気になる。気になるが―――ここで逃す手は無いか』

柳洞寺の結界内では波状攻撃と敵の地の利もあって
有利には持ち込めなかったが、
アサシンが山から出てきたというならば話は別だ。

「決着をつけようという腹積もりか。
君のマスターは随分と儀式執行に執心しているようだな、アサシン」
「………………」
「―――いいだろう、ここで終わりにする」
「―――ギ」

ブオッ!

両の手にある干将莫耶を頭上のアサシンに向けて投擲する。
アーチャーの動きと同時にダガーを投げていたアサシンは、飛来する
干将莫耶のコース上から大きく飛び退き、隣の電柱へと跳躍する。
投擲と同時に地を蹴っていたアーチャーは、ダガーの一撃を回避し
走りながら短弓を投影、アサシンの予想進路へ向けて矢を射掛ける。
だが、弓の一射は電線上を高速移動するアサシンには当たらず、
両者の間合いは大きく開く。

「逃がすか―――」

頭上のアサシンを見据え街路を走るアーチャー。
近づいてきた意図が見えない以上、距離を開けすぎるのも
取り逃がす危険がある。
その為、出来うるならば接近戦で仕留めたいところだが、
アサシンが必殺とする“妄想心音サバーニーヤ”は近、中距離の攻撃法であり、
互いの手が知れている今、彼がその発動に躊躇することはないだろう。
迂闊に飛び込むわけにはいかない。

アサシンもその辺りのことを理解して動いているのか、
アーチャーを引き回すように移動し、時折妄想心音の間合いに
踏み込むようにフェイントをかけてくる。

「―――チッ」

舌打ち一つ、アサシンを睨みつける。この状況は旨くない。

柳洞寺という要塞に居を構えていたアサシンにとって、
街中に出てくることは無意味な行為だ。
二手三手を持って陣地を張り巡らす彼ら主従にとって、
行動や戦略に偶発という要素を加えないだろう。
―――ならば。
アサシンはアーチャーを倒すための手段を用意して
戦いに臨んでいる事になる。

『危険だな―――。
深追いするのは虎口に飛び込むようなものだが……』

資料検索から洞窟の位置情報を得て、
先日よりは状況が好転していることは確かだが、
柳洞寺の結界を利用するアサシン達を倒すことが困難であることは変わらない。
悠々と構えている時間が無い以上、この機を逃すのは愚策である。

『ならば敵の手が整うよりも早く、叩き潰させてもらおう』

決断一つ、アーチャーはアサシンに迫るべく屋根から電柱へと駆け上る。

「―――ギ」

敵のテリトリーであるミドルレンジへと踏み込んだアーチャーに反応し、
電線の上を一回転、真っ向から対峙するアサシン。
異形の左腕が閃いた瞬間、空中を奔る4本の短剣。

「―――!!」

漆黒のダガーは音速を超えアーチャーへと迫る。一本一本が
予想回避先へと打ち込まれた必殺の投擲である。
対するアーチャーは右手に赤い刀身を投影し、ダガーを迎撃せんとする。

本来投擲武器を盾なしで防御するというのは無謀な行為だ。
投擲武器とは面積が最も小さい切っ先を
敵に対して真正面で当たるように運用するもの。
刃物の切っ先を正面にして見た場合その面積はごく僅かであり、
幅広い剣で“防ぐ”ならまだしも、剣で打ち落とすといった曲芸じみた真似は、
狙いがわかっていても超高難度の行為に当たるのだ。

だが―――。


ギンギャインッ!!


「――――――!?」

刃風一閃、弾き飛ぶダガー。
白面の暗殺者は暗い眼窩の奥に驚愕の光を宿す。
異形の痩躯は電線を蹴りほぼ真水平に跳躍すると、再びダガーを投げつけてくる。
それは先と同じく敵を倒すための必殺の投擲。

キン、ガンッ!!

だが、アーチャーの剣が閃けば事も無く地へ落ちるダガー。
その顔には笑みすら浮かんでいる。

「……………」

対面の民家の屋根に着地すると腰を低く落とし、
こちらの様子を注意深く観察するアサシン。
どうやら、何らかの反則が行われていることに気付いたらしい。

「く―――どうしたアサシン。
自慢の曲芸はこの程度のものか?
座興は程々にして欲しいものだが」
「………………」

無論のこと返る答えなど無い。
呼吸に乱れが無いところを見ると動揺はまったく無いようだ。

『さすがは職業的暗殺者といったところか。
動揺に付け込み一気に勝負をつけたいところだったが』

とはいえアサシンに与えた猜疑心は重要である。
彼が画策しているアーチャー殺しの一手を、その思惑に
陥る前に暴かなければならないのだ。打てる手は全て打たねばならない。

―――ダンッ!

屋根を蹴り宙を飛ぶアサシン。
その勢いは猛烈なもので、アーチャーを放置する勢いである。
逃げるつもりだろうか。

「―――逃すか」

電線を蹴りアサシンを追うアーチャー。

月下の下、闇夜を走る二つの影。
弓兵と暗殺者、互いの命と未来を賭けた死の追走が、今始まった。



家政夫と一緒辺第三部その29。
弓兵と暗殺者。
正面からの戦いを得意とせず、共に策を持って敵を打ち滅ぼすもの。
三度目の戦いとなる両者は、互いの手の内を知り尽くしているからこそ、
戦いに不確定を交えない。