手がかり


「―――ふむ、龍の腸と」
「ええ、趣味で冬木の古史について調べていまして。
何か知っておられればと」
「大空洞とは、これはまた夢のある話ですなぁ……」

アーチャーの言葉に反応したのは大きい方の少年である。
絵空事と言葉を継いだとはいえ、少年の細い目は
興味の光に輝いている。

「大空洞……空洞。
僧正、もしかしてアレに関係あるのでは?」
「―――アレ?」
「呵々々………御仏に仕える手前どもの口から言うのもなんですが、
この柳洞寺、寺だけあって死人の怪談話には事欠きませんでの。
その一つに景山の臓物墓場というものがある」
「ふむ―――」
「詳しい内容については後日、宴席でも設けて語るとしましょうか。
今重要なのは、その物語の主人公、弥八が篭る洞窟のこと」
「洞窟………」

怪談にはリアリティが必要だ。
そこで語られる場所が実在するのならば、
話の恐怖感は否応なしに膨れ上がり、聞くものを怯えさせる。
柳洞に伝わる怪談だというのならばなおの事。その話の元となる
場所が必ず存在するはずだ。

「柳洞のお山には洞窟の類は?」
「―――そこじゃよ。
柳洞に伝わる怪談の類に洞窟が関わる話は数多い。
しかし、広い柳洞のお山のうち、洞窟といえる深い洞穴は
一つとして存在せんのですじゃ」
「洞窟が―――存在しない?」
「先の怪談話は江戸時代から伝わるもの。
ところが、江戸以降の怪談話には洞窟の“ど”の字も出てこなくなる。
少々面白いとは思わぬかな―――御仁?」
「なるほど、それは―――面白い」


近代怪談で洞窟というのは確かに使いにくい場所ではあるが、
それまでスタンダードだったものが突然使われなくなるというのは
妙である。そこには原因が存在するはずだ。

そう―――たとえば聖杯戦争。

江戸末期といえば聖杯戦争が始まった200年前と時期的にも一致する。
遠坂、間桐、アインツベルンの三家が
儀式場である洞窟を魔術によって隠したのならば、
民間伝承から洞窟が消失した理由にも繋がる。
歴史の上から唐突に消滅した、柳洞寺の洞窟。
在るものを隠した以上、そこに到る手がかりは必ず残されているはずだ。


「ご住職、不躾で申し訳ないのだが、お山に関しての文献や
民話の資料を見せていただくわけにはいきませんか?」
「―――ふむ。
吝かではないが、条件が一つ」
「条件?」

住職は子供達に聞かせないためか、アーチャーに手招きをする。

「先日より、当院の若い僧達が修行の為に出払っておりましてな。
秘蔵の般若湯を振舞う相手がおらずつまらぬ思いをしておったところ。
成果が出てからでよろしいが、ひとつ」
「く―――くくく………。
その時は私も馳走を振舞いましょうか」

にやりと笑いあう住職とアーチャー。
この住職、とんだ生臭である。

住職と意気投合し、院内の書物棚へと案内されたアーチャーは、
目的の情報を得るため、無数の書簡と格闘を開始するのだった。



―――そうして、日も暮れた夜の7時。

「……すっかり遅くなってしまったな。
これはマスターの叱責を免れんか」

さすがに宴席は控えさせてもらったが、せめてもの礼と
三人に食事を振舞った。
それらは概ね好評で、「是非ともわが寺に」と魅力的な誘いも
受けたのだが辞退をして帰宅の途に到る。


書物庫にあった膨大な書籍の類を“構造把握”の魔術で探査し、
必要な情報をかき集めたアーチャー。
口伝で伝わる民話だけならばこの短時間で調べ終えるなどということは
出来なかったが、その多くがきちんとした書物で残っていたのは
アーチャーにとって僥倖であった。話好きの僧侶でもいたのだろうか。

そうして得られた情報は実に多岐にわたるもので、民話、地理、伝承、考察と、
ありとあらゆる分野に及んだ。
そのうち、柳洞のお山に関するもの、洞窟に関わる記述、周辺地理
といった部分に目をつけ、当時洞窟があったであろう地形を推測する。

―――柳洞の裏山、清い水の流れる所。
岩盤によって作られた天然の洞窟。

『これだけの情報があれば、あとは魔術的痕跡をたどればいい』

実質、見つかったも同然だ。
問題は、調査するための隙を暗殺者の主従が与えてくれるかどうか。
結界の効果で動きにくい森の中、手がかりを頼りに
それらしい場所を探すのはなかなか骨の折れる作業である。

『それは後ほど考えるとするか。
今は急いで帰らなくては、また二人に泣かれてしまうからな。
…………ん?』

ザッ。

柳洞寺の山から離れて、街中の民家の屋根を跳んでいたアーチャーは
妙な気配を感じて足を止める。
それは、人が発するには強すぎる気配であり、強いて言うならば
異形の気配とも言うべきもの。
一瞬だけ捉えた感覚を慎重に手繰り寄せる。

「―――!」

ヒョウッ―――ザゴッ!

―――ビンゴ。
後方より迫るダガーの一撃を屋根から飛び下り回避するアーチャー。
両の手に干将莫耶を投影し、攻撃を行ってきただろう場所に
視線を走らす。

「―――なに?」

世闇に紛れ、電柱の上に佇むのは仮面を付けた異形の痩躯。
柳洞の山に居るはずの―――アサシンの姿だった。



家政夫と一緒編第三部その28。
執事としての整理技能や構造把握を駆使し、資料検索を終えるアーチャー。
手がかりを得て帰路に着く彼を、襲う異形の影一つ。