魔術師の家


「お、おとうさん」

時臣が怖いのか、それとも自分から意見する行為というものが怖いのか。
桜は細い肩を震わせ、時臣をみつめてくる。
けれどその視線は決して弱いものではなく、
彼女の中にこれほど強いものがあることを時臣ははじめて知った。

「なんだ……桜?」
「さくら……?」
「う、おとうさんは……あーちゃーさんがしらべてること、
ほんとはしらべてほしくないんですよね……?」
「……そうだ」
「そ、それは、あーちゃーさんのこときらいってことじゃ、
ないんですよね……?」
「――――――」

時臣のことをじっと見詰め続ける桜。
時臣もまた、その質問意図を探るように桜の顔をじっと見つめる。
……ああ。
きっと深い意図などない。
桜はただ二人に喧嘩をして欲しくないと、思っているだけなのだ。

「そうだ。
あの男を嫌う理由など、私には無い」
「……あ」
「……とうさん…………」

凛との間にあった険悪な何かが消えたのを感じて、軽く驚く時臣。
意図してやったわけではないのだろうが、
桜の言葉は形作られつつあった厳しい雰囲気を吹き飛ばしてしまった。

「…………」
「…………」

安堵の表情を浮かべる桜をじっと見つめる時臣。
そこにいるのは、時臣の知る泣いてばかりのか弱い娘ではなかった。
大事なもののために踏ん張ることの出来る、強い女の子だった。

『……桜がこんなにも強くなれたのは……アーチャー。
おまえのおかげなのだろうな』

時臣には、桜のこんな面を引き出すことは出来なかった。
時臣に出来たことはただ、何を与えることも無く生かした。それだけだ。
暗い部屋の中で一人泣いていても。抱きしめて欲しいとじっと見つめられても。
何も返してやれなかった。

時臣を見つめてくる桜。怖い思いを我慢して、一生懸命見つめてくる桜。
閉じた手のひらをほんの僅かに緩める。
この手を伸ばし、細い肩を抱きしめてやれれば。
傷つけ続けてきたその心を、少しでも癒してやれるのだろうか。

『……っ。
なんという、傲慢だ。
判っていて―――この子を傷つけた。
何も、与えなかったのだろうが』

―――そんな資格は無い。
遠坂を繋いでいくために、わかった上でこの子の時間を犠牲にした。
その挙句、聖杯戦争すらも己が不手際の為に二人を犠牲にしてしまった。

奥歯を強く噛み、喉まで出かかる思いの丈を無理やり飲み込む。
口の端をほんの僅かに緩めると、開いた手を優しく桜の頭にのせる。

「あ…………」

撫でることも無い、ただ触れるだけの行為。
子供達との触れ合いを避けてきたその手では、優しく撫でることすらこなせない。
だから、時臣に出来るのはこれが精一杯 。桜に返せる想いの全てだった。
そうして、魔術師は踵を返す。


「……とうさん」
「…………おとうさん…………」

ばつの悪そうな凛の声と、さびしそうな桜の声が時臣の背中に向けられる。
胸を苛む苦い何かをぐっと押しとどめ、時臣は戦うための
備えを得るべく歩き出すのだった。



◆  ◆  ◆  ◆



―――柳洞寺。
冬木の町を見下ろすかのような高い山の上にあるその寺社は、
古くは戦国の世から僧侶の修行地として知られる由緒正しい仏閣である。

「ふむ…………」

柳洞寺の広い境内に立つアーチャーは、その霊素の高さに驚いた。
ここは間違いなく神域の類だ。自然が発する霊力が、“それ以外”を
包みこむように調和している。

「―――これは、間違いが無いな」

柳洞寺を中心として感じられる強大な魔力。
肌に感じる気配は一級の霊地と比較しても劣ることは無い。
日本国内でそれだけの霊地というと蒼崎以外には考えられないが、
いまの柳洞寺はかの霊地と比較しても見劣りしないほどに大気中の大源マナが濃い。

ジャリッ。

その時、アーチャーの耳が砂利を踏んで近づいてくる足音を捉えた。
振り返れば遠くから歩いてくる作務衣姿の老人と、少年が二人。

「よき日ですなお客人。
参詣ですかな?それとも観光ですかな?」

作務衣姿の老人がアーチャーに話しかけてくる。つるりとした剃髪を見るに
この寺の坊主だろうか。物腰といい表情といい、貫禄を感じさせる佇まいである。

「まあそんなところです」
「ほお、ずいぶんと日本語が達者ですな」
「―――いや、これでも一応日本人なのですが」
「なんと、これは失礼をした!」

言っていて自分でも説得力が無いなと苦笑するアーチャー。
これでサーヴァントの格好をしていようものならば怪しすぎて
警察に通報されても文句は言えないだろう。

「では拙が境内を案内しましょう」

そう言って出てきたのは中学生か高校生か、快活そうな少年の方だった。

「ああ、それには及びません。山の空気を吸いに来ただけなので」

この寺の周辺を調べにきた手前、関係者に同行されては具合が悪い。
お茶を濁すために適当なことを言うアーチャーだが、少年は
「この空気のよさがお判りになりますか!」と肩をバンバン叩いてくる。
どうも気に入られてしまったらしい。
 
「れいかんけい、ごじんがひいておられますよ」

その後ろで様子を伺っていたもう一人の少年が苦笑いを浮かべている。
彼らの雰囲気、立ち振る舞いを見るに、三人はこの寺の住職と
その家族といったところだろうか。

『ふむ……』

もしも彼らが柳洞寺の関係者だというのならば、この真下にあるだろう
龍の腸について、何かを知っているかもしれない。
アーチャーは龍の腸について、三人に尋ねてみることにした。



家政夫と一緒編第三部その27。
愛しい君が悲しむだろうことを知っていて道を選んだ。
受け継がれた想いを、いつかその場所に届けるのだと
それだけを望みに生きてきた。

だから今更許しを望まない。
魔術師は出来ることをこなすだけ。この命を賭けて、
大切な人を守るだけ。