Interlude6-4:誰の為に



或る雪の日。


「キリツグー。キリツグー」

冬の姫が廊下を駆ける。
たくさんの部屋が並ぶ長い回廊を、少女はかくれんぼの鬼のように
一つ一つ調べ、大好きな人を探す。

住む者の少ないアインツベルン城はまるで幽霊屋敷だ。
人の住まない部屋はどれだけ手を入れても、冷たく寂しい気配が漂う。
アインツベルンに住むものならば誰もが思うだろう。そのフロアは
墓場のようだと。

けれどもイリヤにとって、キリツグと遊んだ記憶がたくさん残るこのフロアは、
決して寂しい場所ではなかった。
目を瞑れば思い出せる、日々のぬくもり。
その残滓を追いかけるように、少女は一人ぼっちのかくれんぼを続ける―――。


そうして夜が雪山を覆う頃、探しつかれたイリヤは侍従に連れられベッドに入った。

「はー………」

冷たい手に息を吹きかけて、手のひらでほっぺたを覆う。

―――ベッドは嫌いだ。
冷たいシーツは大嫌いだし、無闇に広いのも嫌い。
何よりも、寒くて長い夜を一人で過ごさなければいけないのが一番嫌い。

「昼間はキリツグやお母様がいるのにな………」

イリヤに許された自由時間は昼間の僅かな一時のみ。
夜になれば魔術塔で勉強をした後すぐに眠らなければならない。
その生まれ故に一日の半分以上を眠って過ごさねばならないイリヤは、
両親と一緒に眠ったことが一度も無かった。

「明日はキリツグに会えるかな。お母様に会えるかな」

二人が同時にいないことは今までに一度も無かった。
寂しい気持ちを堪えるかのように小さな手をぎゅっと握る。

「もう眠ろう。夢の中ならお母様に会えるし。そしたらきっと寂しくないよね」

明日会えたらたくさん文句を言ってやろう。
我侭を言って困らせてやろう。
そうしたらいつもの曖昧な笑みを浮かべて、優しくしてくれるに違いない。

「くすくす………」

そうして少女は夢の中へ。
彼女達に会える夢の中へ。
そこで少女は知る事になる。
大好きな人は、もう二度と自分の下へは返ってこないことを―――。




ゴオオオオオオオオオオオオ……………………。


中降りになった雪の中を、音を立てて何台もの車が走る。
後部座席にはコート姿の切嗣と黒い防寒着を着た聖女が一人。

「………何故ついてきた」

ポツリと呟く灰色。だが、かけられた問いに答えは返らず、
車の中に重苦しい沈黙が降りる。

彼女は聖女―――聖杯の聖女だ。
所詮外部のマスターに過ぎない切嗣を信用しない老人達が、
第三法回収の為に遣わしたのだろう。
後ろのワゴンに乗るホムンクルス達もそうだろう。
叛意を見せれば即座に殺すというアインツベルンの意思表示、いわば監視役だ。
彼女達の同行は必然。理由はある。

『………戯言だな』

それ故に、答えは返らない。
優しい母親であろうとした彼女だからこそ―――答えは返らない。
彼女は自身の存在意義の為ここに居る。
そう在れと望まれたからここに居る。

そう、二人は同じ。答えを返せるはずが無い。
アイリスと切嗣は目的の為に愛するものを捨てた、罪人同士なのだから。


「――――――切嗣」


―――だが。
隣にいる聖女は、恥を知る淑女は。
瞳に強い光をたたえて、言葉を紡いだ。

返るとは思わなかった言葉。向けられた強い視線。
その光は、ホムンクルスつくられたものが発するとは思えない強い強い遺志の光。

「私は―――あなたを救いたい。
その為に………ここにいるのです」

宝石のように輝く美しい瞳に、心を奪われる。
自らの信じるものを決して曲げないと、想う心が切嗣に突き刺さる。
その強さは―――切嗣の中にあるものと同じものに似て。

「……………」

耐え切れなくなった切嗣は、目線をそらした。


救いなど、幸せなど。
切嗣にはそんなものを享受する資格は無い。
誰かを愛して、その人の為に生きるなど許されるはずが無い。
だから殺して救うだけ。
この戦いの果てに、誰もが悲しむことの無い世界を作り出す。
衛宮切嗣には、それだけしかない。

それ故に、灰色の魔術師には自分を救おうとする聖女の心が
―――理解できなかった。



―――Interlude out



家政夫と一緒編第三部その25。Interlude6-4。
目指すものの為に生まれ、想いの為に生きていく筈だった二人。
―――けれど。
小さな命が、その温もりが、二人を少しづつ壊していく。