Interlude6-3:イリヤスフィール



その翌年、二人の間に子供が出来た。
ホムンクルスでありながら人間の赤子と同じように、
年をとり成長するという種。
生まれてきた子供はかつて無いほど巨大な“魔術回路”として完成したらしく、
城の老人達は喜び勇んだ。

これこそは奇跡にいたる釜。喜べ、極上の聖杯が完成する。
―――と。

「……………」

老人達の狂騒を何を思うでもなく冷ややかな目で見つめていた切嗣だが、
それとは対照的にアイリスは毅然としながらも
子供の扱いに胸を痛めているようだった。
彼女も聖杯を成すものとして“feel”の名を戴くもの。
生まれてくる同族が如何な扱いを受けるかなど
理解しての話だったろうに、
それが悲しいと胸を痛めるアイリスの在り様に、切嗣は困惑する。

ホムンクルスは、何かを成すために生み出される道具のようなもの。
けれど、目前のホムンクルスは
我が子が不憫だと悲しむ、ただの人間にしか見えなかった。



子供の知能発達は目覚しいものらしく、
1歳を迎える頃には話すことも読むことも出来、
その超人振りを周囲に見せ付けた。
その為、その子が乳母から離れられる年齢になるとすぐさまに教育係の元に送られ、
監獄同然の魔術塔の中で貴族教育、魔術理論などを
徹底的に叩き込まれることになる。

故に、切嗣がその子供―――イリヤスフィールと初めて会ったのは
彼女が3歳のときだった。



長期仕事を終え、アインツベルンへと帰還した切嗣は
城のエントランスで幼子を抱いて待つアイリスの姿を見つけた。

「お帰りなさい、切嗣」
「……ただいま」

そう言って通り過ぎようとする切嗣を慌てて呼び止めるアイリス。

「切嗣、あなたの子ですよ」
「……………僕の?」

アイリスの胸に抱かれたセミロングの髪の女の子。
常人離れした美しい外見を持つ女の子だが、
見れば確かに切嗣と似ているところがある。
少し低めの目鼻立ちは生粋の欧州人というよりも東洋人の
特徴に近く、切嗣と造詣が近い。
何よりも似ているのは目だった。
強い諦観を宿す瞳の光。

「………キリツグ? あなたが、キリツグなの?」
「………ああ。僕が切嗣。衛宮切嗣だ」
「ふーん。
おかあさまからきいてたのとはちがうね。
キリツグはじょせいにはやさしいってきいてたのに、いきなりレディを
むしするなんて。しんしのかざかみにもおけないわ」

あまりにもはっきりとした言質に驚いてしまう切嗣。
アインツベルンの次期聖女として申し分の無い淑女ぶりだ。

「―――これはこれは。
失礼を致しました、姫。
どのようにすれば姫のお許しを頂けましょうか?」
「ではキスを。
せいいっぱいのしゃざいをこめて、やさしいキスをいただけますか?」
「―――ご随意に」

小さな小さな手をとり、その甲に優しく口付けをする切嗣。
小悪魔は満足そうに頷くと、

「うふふ、とってもすてきなれいでしたわ。
おとうさま」
「それはどうも」

天使のようににっこりと微笑んだ。

それが二人の出会い。
止まってしまった灰色の中に、色を落とした大切なものとの出会い。



教育もひと段落したのか、今まで魔術塔に篭りきりで姿を見せなかったイリヤが
切嗣達のいる本塔に姿を見せるようになった。
一日に一時間程度という僅かな時間だったが、切嗣の傍に来てはよく喋り、よく懐いた。
負けん気が強く、しつこく絡んでくるイリヤを相手にするのは骨がおれたが、
そうした時間はいつしか、旅から帰ってきた彼の楽しみになっていた。

吹雪が収まる晴れた日などには外に出て、雪の中で冬芽探しをしたり、
野胡桃を見つけたりして遊んだ。
外に出ることの少ないイリヤは日の光の下で遊ぶのが大層嬉しいらしく、
体力を使い果たすまで駆け回っていた。

吹雪が酷い日などには童話や童謡を歌って聞かせた。
イリヤは怖い話や残酷な話に強く、驚かせようと必死になる
切嗣を見てよく笑っていた。

切嗣が仕事でいない時期はアイリスと遊んでいるようで、
切嗣が帰って来ると、

「お母様ったら私に愚痴ばかりこぼすのよ。
切嗣は私の相手をしてくれないわ。イリヤが羨ましいって」

と母の不満を伝えてくる。
そんなイリヤに曖昧な笑みを返し、では僕と遊ぼうかと言って回答をぼやかす。
イリヤとよく遊ぶようにはなっても、切嗣は未だにアイリスとは
打ち解けられなかった。

―――ホムンクルスにも感情がある。
たとえ外法の業で生み出されたとしても、たとえ作られた心だとしても、
彼女たちにも幸福を求める権利がある。道具などでは断じて無い。

その笑顔を知ってしまえば否定など出来ない。
だがそれでも―――切嗣の中にある魔術への嫌悪は消えてはなくならなかった。



そうして瞬く間に歳月は流れ―――聖杯戦争の年となる。



家政夫と一緒編第三部。Interlude6-3。
イリヤスフィール。
来るべき戦いの為にアインツベルンを離れられない切嗣だが、
旅先から戻ってきた彼を包むのは人の温もり。
やさしい笑顔だった。