Interlude6-2:アインツベルン



北方の怪物―――アインツベルン。
彼らが何時の頃に“それ”を失くし、追いかけているのか、知るものは居ない。
ただ一つ判ることは、彼らという魔術血統自体が既に、
“聖杯”を追い求める概念と化しているということである。

―――聖杯。
聖人の血を受け、数々の奇跡を起こすという杯は、
あらゆる願いを叶える万能の力を持つという。

不老不死、尽きぬ財産、深遠なる知識。

人の欲望は無限だ。万能の釜などというものがあるならば、
たとえどんなものを投げ打っても手に入れたい。
その為、聖杯が現れるところには常に争いがあった。
魔術師達は聖杯を奪い合う競争行為を“聖杯戦争”と呼び、
各々が求める願いの為、幾度と無くぶつかり合ってきた。

アインツベルンもまた、日本の地方都市『冬木』で行われる
聖杯戦争に身を投じている。
四度目となるこの戦いで確実な勝利を得るため、
彼らは最強のゲストマスターを雇い入れた。
衛宮切嗣。
“魔術師殺し”と恐れられる凄腕の魔術師である―――。



協会の雇われ魔術師として働いていた切嗣が
アインツベルンの召喚に応じたのは何故なのか。
確かに彼らの提示した額はフリーランスの報酬提示として破格のものではあったが、
金には困っていない彼を動かすにはそれだけでは弱い。

衛宮切嗣が惹かれた条件。
それは、あらゆる願いを叶えるという“聖杯”にあった。
アインツベルンは切嗣に対し、この戦いで勝利し、聖杯を奪還することを条件に
願望機としての聖杯を報酬に差し出す事を約束したのだ。

自身の望みがかなうことは無い、と覚悟していた切嗣は、
冬木の聖杯に光を見た。


『もし、万能の釜が真にその力を持ちうるのならば。
この理想を叶え得る奇跡をも起こせるのではないか―――』


そうして、衛宮切嗣は雪に閉ざされた古城にて、聖杯戦争までの数年を
過ごすことになる。
静寂の中で眠るアインツベルンの城。
古に朽ち果てし聖杯の亡者達は亡霊のようで、
切嗣はまるで自分自身を見ているようだと吐き気を覚えた。
だが、凍てつき止まった冬の城の中で、
ただ一人生気を持って接してきた女性がいた。

冬の聖女―――アイリスフィール・フォン・アインツベルン。

アインツベルンと交わしたもう一つの契約の上で結ばれた、切嗣の妻である。



「花というものを見たことがありますか」
「―――花?
何故そんなことを聞く」

契約上で妻となった特に情も沸かない相手。
その上―――忌むべき魔術によって成された命、ホムンクルスである彼女。
彼女を疎む切嗣は、感情のこもらない声で問い返す。

「知識の上でどんなものかは理解できるのですが、ここは冬の城。
花は咲きません。
あなたから見た花というものがどのようなものなのか、聞きたいのです」
「………外見が見たいならば図鑑でも見ればいい。
実物を見たいのならば種子でも手に入れて、発育の魔術を用いて
咲かせれば良いだろう」
「……………」

その回答に俯いてしまうアイリス。
どういうわけだかアイリスは切嗣に好意を持っているらしく、
少しでも邪険な態度をとるとすぐにこれなのだ。
ホムンクルスとはいえ、女性を泣かせるのは彼のポリシーに反する。
溜息を一つつくと、切嗣は握りこぶしを一つ、アイリスの前に差し出す。

「………アイリス。
よく見ていてごらん」
「………?」
「3、2、1、そらっ」

ポンッ、と間抜けな音一つ。
切嗣の手のひらには手品で使う造花が一輪。

「わあ……………」
「………ふ。
アイリス、これは作り物だが花とはそういうものだ」
「そういうもの………?」
「見るものの心を和ませる、そういった力を持つ魔法の道具さ。
魔術や魔法よりも、よほど上等な、ね」

そうして、ほんの少しだけ微笑んで見せるとアイリスも嬉しいのか、
妖精のように儚げな笑顔を浮かべる。
切嗣は外面上微笑みながらも、これから先何年
こうして姫様のご機嫌取りをしながらやっていかねばならないのかと、
内心暗澹たる心持でいた。



家政夫と一緒編第三部その23。Interlude6-2。
アインツベルン。
次代の強いホムンクルスを作るため、冬の聖女の夫となった切嗣は、
ひさびさに訪れた穏やかな日々に馴染めずにいた。