Interlude6-1:魔術師殺し



―――冬木の外れに在る広大な森。
獣も近寄らぬ樹海の奥深くに、ひっそりと立つ巨大な城がある。
アインツベルン城。
北方の怪物アインツベルンが聖杯戦争の拠点とするために築いた城砦である。

アインツベルンの雇われ魔術師、衛宮切嗣は、聖杯の担い手たる聖女と、
ホムンクルス数体を連れ冬木にやってきた。
フリーランスの魔術師として当時最も恐れられていた彼が、
聖杯戦争のマスターとなったのには理由がある。



衛宮切嗣。彼は“魔術師殺し”と蔑まれるフリーランスの魔術師である。

彼が疎まれる理由は、何も同族を殺し続けるその在り方だけに
由来するものではない。
魔術師でありながら近代兵器を纏うことを良しとし、
魔術師でありながら根源追求に興味を示さず、
その力を暴走する魔術の廃絶のみに振るうあり方。
衛宮切嗣は秩序魔道の内に在る無法者アウトローなのである。

本来連帯意識などとは縁遠い魔術師達も、彼の噂には耳をそばだてた。
傭兵として魔術教会に与する、封印機関以上に下種な存在。
災禍あるところに必ず現れ、元凶である魔術師を確実に殺すその在り方は、
人でありながら“抑止”の如く恐れられ、忌み嫌われた。


では、衛宮切嗣は何故、疎まれることを知りながら
そのような汚れ仕事に身を窶しているのだろうか。
それは彼が望む、ただひとつの願いの為。

今では口に出すことも無い彼の理想。
ずっと昔に抱いた、綺麗な綺麗な尊い理想。
誰かを苦しめる“悪”を退治して、皆を笑顔にする救世主。

―――正義の味方。

外法の世界に生まれ、周りの世界全てが暗い奈落のようだと思っていた少年は、
そんな御伽噺じみた架空の存在に本気で憧れた。
理想を掲げ幾年かが過ぎ、力を得た少年は、憧れたものになるため
戦うことを決意する。
正義の味方には敵が必要だ。理想を体現するために、
切嗣は同族である魔術師を悪と定めた。

―――何故か?
彼ら魔術師は例外なく、自身の目的の為に全てを投げ打つ存在だからである。

魔術師は自身の目指す目的の為ならば犠牲すらも厭わず、時には
誰かの命を平気で蔑ろにする。
そんなどうしようもない魔術師の暗黒を、幼い衛宮切嗣は嫌と言うほどに知っていた。

だから戦わねばならない。
忌みべき力を持って生まれたならば、亡くしてしまった何かの為に
戦わねばならない。
そうして、そんな自分でも誰かを守り、幸せにすることが出来るのならば。
それはきっと価値の無い何かでも生きていける、
理由になるのではないだろうか―――。



そうして、戦って戦って、幾多の地獄を越え、戦って。
卑劣な魔術師に怒り、下種な魔術師を憎み、戦って。
死んでいったたくさんの命に申し訳ないと涙し、戦って。
手にかけた敵の数は二桁を越え、それでもなお戦って。
その家族に、その縁者に、子供達に、憎悪の刃を向けられ。
泣き叫びながら彼らを残らず殺し、血塗れになって―――気付いた。


「ああ、僕も魔術師じゃないか。
人の命などどうとも思わない、魔術の担い手じゃないか」


並び立つ幾多の墓標。
その地に背を向け歩き出したとき、切嗣の目から涙は流れなくなった。
その資格は無いし、そうする事など許されない。
切嗣に出来るのはただただ、殺して殺して誰かを守る、“魔術師殺し”だけ。
理不尽な殺戮によって失われる命がより少なくなるように、戦い続けるだけ。

気付けば笑顔も喜びも失い、血と硝煙の匂いだけを漂わせた、
灰色の魔術師が独りいた。


時は流れ、知らぬ者の無い“殺人者”として大成した灰色は、
“魔術師殺し”の二つ名で呼ばれるようになった。
恐るべき忌み名を体現するが如く、戦い続ける衛宮切嗣。
だが、戦歴に反比例して彼の心は虚ろになっていき、
いつしか光を求めるようになっていった。

―――そんな時である。



家政夫と一緒編第三部その22。Interlude6-1。
魔術師殺し。
魔術師でありながらも鋼鉄を振るう異形。
魔術を操りながらも魔術を憎む怪物。
人を救うと理想を掲げながらも手を血に染める外道。
絶対矛盾。必要悪。