父親



シュー………

フライパンに落としたハンバーグの焼き具合を確かめると、
それをすばやくひっくり返し、鍋蓋で蓋をする。
デミグラスソースや付け合せの野菜も煮えているし、準備は万端。
後は待つのみである。

「しかし………」

台所で夕食の支度をするアーチャーは
不気味なほど静かな居間の様子に息を呑む。
いつもならばテレビを見ていたり何かの話で騒いでいたりと
かしましい二人なのだが、今日に限っては話す声すら聞こえない。

「時臣氏がいる為か………?」

威厳あふれるあの目で監視されれば、確かに騒ぐことなど出来まい。

時臣が持つ雰囲気は厳しく強い父親の雰囲気だ。
頼りない父親を支える為に主婦代わりとして台所に立ったアーチャーには、
彼が持つ雰囲気を生み出す事は出来ない。

「………やはり、大黒柱はでんと構えていなければ」

憧れ混じりの溜息をつくアーチャーだが、
物思いに耽りながらも一時も腕を止めない技能は誇れるものであり、
別段自身を卑下しているわけではなかった。

「よし、完成だ」

味付け良し、見た目良し、バランス良し。
これならきっと喜んでくれるだろう。



「お、おいしそうなの………」
「ふわー………」
「………ほう」

居間のテーブルで目をきらきら輝かせている凛と桜。
いつもならばもう少し大仰なリアクションをとっている凛だが、
父親の手前、涎を出すだけにとどまっている。

ビシッ!

「にゃっ!」
「凛、口元」
「うう〜〜………」

だが、それすらも許されないらしい。

「アーチャー、おまえは食べないのか?」
「ああ、私は霊体だからな。
とはいえ同席してそれはプレッシャーになるのでね。
専らこれだよ」

といって紅茶を手で示すアーチャー。

「理解した。それでは戴こうか」

時臣氏は胸の前で軽く十字を切ると数秒の間祈りを捧げて
ナイフとフォークを取る。
凛達もあわててその動作を真似る。

『………食前の祈りか?
そういえば、遠坂は国外信徒をやっていたと聞いたことがあったな………』

娘達に強いるそぶりが見えないところを見ると、
信仰については強制をしない人物らしい。

紅茶を共に軽く談笑しながら遠坂親子の食事風景を観察するアーチャー。
時臣氏のテーブルマナーは多少くだけた英国式といったところだろうか。
アーチャーがパンではなくライスを出しているせいもあるが、
全体的に穏やかな形式をとっていて
凛や桜の雑なマナーにもそう目くじらを立てる事無く食事を進めている。

子供達のほうは時臣氏が同席しているのがプレッシャーになっているのか、
いつもよりも上品な動きで食事を進めている。

とはいえ、二人は大好きなハンバーグが食べられてとても幸せそうであり、
作ったアーチャーとしては感無量である。

『これで昨晩の約束を一つ果たせたかな………』

いつもとは違う雰囲気。されど穏やかに流れる夕食の時間。
今はこの穏やかさに身を委ねておこうと、アーチャーは食卓での談笑を楽しんだ。



食事を終えて、20時を回った頃。
居間でテレビを見ている子供達を食卓から眺めるアーチャーと時臣。

「―――あれはおまえが?」
「まあ、なんというか。
情報が入ってこない状況には耐えられんのだ」

テレビを指差して聞く時臣にアーチャーは苦笑しながら答える。
アナログの居城とも言うべき遠坂邸はアーチャーの手により
いくつかの電気機器が持ち込まれている。
電子レンジ、テレビ、ビデオ、洗濯機がその主だ。

「いや、別段非難をしているわけではない」
「………?」
「………私が与えてやれたのは魔術だけだからな」

そういって目を細める時臣。
見つめる視線の先には笑顔を浮かべる凛と―――桜の姿。

「……………」
「……………」

明るく笑いながら凛と話している桜。
アーチャーが来た頃の桜は今の様になんでもやろうという子ではなく、
控えめすぎて自己主張が弱く、
甘えん坊という印象が強い子供だった。

アーチャーは所詮余所者だ。
この親子の間にどんな感情があるのか量ることは出来ない。
だが、桜の置かれた環境は決して良いものとはいえなかった。

時臣は桜に関して、どのような思いを持っているのだろうか。
少なくともその眼差しは、決して桜を蔑ろにしたり
邪険にしたりするような冷たいものではない。

「………アーチャー。
おまえは魔術も使うようだが、師はどんな人だった」
「師………か。
はじめの師は教師として最悪な人だったよ」

切嗣と自分の師弟関係はそれはもうみっともないものだった。
魔術を教えたがらない師、教えても覚えない弟子。
教えるほうも覚えるほうも才能がなかったのか、
効率どころか身になるかどうかも怪しいことばかりで、
ある意味最悪な師弟だったとも言える。

「だがそれでも………父親としては良い人だった」
「………そうか」

それきり黙りこんでしまう時臣。
細めた目線の行く先には相変わらず笑顔を浮かべる桜の姿があったが、
彼が浮かべる瞳の光に………迷いはない。

『これは………難しいかも知れんな』

これから先、アーチャーの目的を達するためにはどうしても
時臣の協力がいる。
だが―――時臣の在り方は間違いなく魔術師そのもの。
どれだけ良い父親であっても、どれだけの人格者であっても。
魔術師とは追い求める唯一の為に全てを捧げてしまう人種。
禁忌に触れ禁忌を求める魔道の探求者だ。

たとえ魔術使いであろうとも、
尊ぶ目的のため破滅まで突き進んだアーチャー自身がその例である。


『どうするか………』


のんびりと過ぎてゆく時間の中、
アーチャーは如何にして彼の協力を仰ぐべきか、頭を悩ませていた。



家政夫と一緒編第三部その19。
遠坂時臣とその娘達。
穏やかに過ぎてゆく居間での時間は、
ずっと続いていただろう平和な日常のワンシーン。

けれども、迫る戦いの気配がその風景を蝕んでいく。