問いかけ


「すー………すー………」

茜色の夕日が照らす居間。
ソファーの上で眠る幼子達。
アーチャーは苦笑ひとつ、二人の肩に毛布をかけてやる。
穏やかな顔で眠る二人だがその顔には濃い疲労が残り、
昨日の疲れが抜けていないことは明白だった。

「………これ以上の無理はかけられんな」

昨晩の冬木大橋での決戦は、
未だ幼い子供達の心に大きな負担を強いた。
どれだけ覚悟を定めても、どれだけ大人になろうと努力しても、
小さな二人にはまだ時間が足りない。
心は覚悟だけで簡単に大人になれるものではない。

「……………」

二人を守るのならばこの戦い、一刻も早く終わらせなければならない。
その為にやるべきことは決まっている。
だが、そこへたどり着くための手がかりはあまりにも少ない。


―――数日前、時臣の部屋で見つけた文献。
そこには二百年にわたり続けられてきた聖杯戦争の経緯、
そして研究内容が記してあった。

魔道の大家、アインツベルンがかつて保有していた大儀礼。
魔法と呼ばれる巨大な奇跡を再び手にする為、
彼らは根源へと届く強い霊地を欲していた。

その候補として選ばれたのが日本でも有数の霊地、冬木。
霊的な歪みこそ根源に達するほどではないとはいえ、
冬木が持つ強い霊力と、協会の目が届かない極東という場所柄は
アインツベルンにとって都合のいいものだった。

―――歪みが届かぬのならば、孔を開ければよい。

当時、アインツベルンの当主であった魔術師
ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンは
冬木に向こう側への“孔”を穿つため、聖杯戦争のシステムを考案し、実行した。

それが大儀礼“天の杯ヘブンズ・フィール”。
聖杯戦争の核となる根本儀式であり、第三法へと届く奇跡の業。
彼女はこの冬木のどこかにあるという“龍の腸”にて
今もなお儀式の成否を見守り続けているという。


「………龍の腸………か」

所詮日記の延長に過ぎない文献は、経緯こそ説明されているとはいえ
不明瞭な部分が多く、それだけでは目指す情報に今一歩届かない。
より詳しい情報を得るためには、どうしても当事者達、もしくは
その子孫に受け継がれているだろう口伝の情報が必要だった。

遠坂の子孫―――五代目当主、遠坂時臣。
彼がこの策に乗ってくれるかどうか。

「……………」

アーチャーが目指す戦いの勝利は、聖杯戦争を続けてきた
彼らにとって忌むべき決着方法である。
願いを絶つ、といっても過言ではなかろう。

果たして、自らの願いを破壊するような質問に
魔道の大家、遠坂の当主が答えてくれるものか………。


「………ん………ふわわわ………」
「む、起こしてしまったか」
「あ。あーちゃー………あれれ、わたしねてた?」
「ああ、口から涎をたらして実に気持ちよさそうにな」
「え、ええっ!
あわわわわ………」

慌てて口元をぬぐう凛を苦笑混じりに見つめるアーチャー。
その視線が嫌なのか、凛は顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまう。

夕暮れの居間。
赤い夕日に照らされてりんごのようにほっぺたを赤くする少女の姿は、
今戦争の真っ只中にいることなど忘れさせてくれるほどに
平和の具現、そのものだった。


その姿に、ふと思う。
今の凛は、遠坂凛は。
これからアーチャーがやろうと思うことについて、
この戦いの決着について、どんな答えを出すのだろうか―――。


「―――なあ、マスター」
「………ふぇ?」
「一つ、例え話なのだが聞いてくれるかね?」
「うん、いーよ。なぁに?」
「バナナが一本、天井から紐でぶら下がっている」
「ふむふむ?」
「そのバナナはジャンプしても届かないような位置にあるとする」
「ふむふむ………ってそれ、おさるさんのちのうテストじゃないっ!
わたしになにをきくきなのよっ!」
「ク………さすがはマスター、知っていたか。
では本題に入ろう」
「うー………」
「………まあ、今の例え話と状況は同じなんだがね。
少し手の届かない場所においしそうな果実があるとする」
「ふむふむ」
「これがまたすごい果実でな。
手に入れれば一生遊んで暮らせる程の価値がある」
「………それはほしいわね」

目の色が変わる凛に苦笑するアーチャー。
その食いつきようを見る限り、例えは間違ってはいないらしい。

「ああ。この果実はそれほど貴重なものなので当然のように
こいつを狙う敵がいる。
さて、君は自分の背丈ではこの果実まで届かないことが
判っているので、下男をつれてこの競争に参加した」
「げなん?」
「召使や執事など君の世話をする人間のことだな」
「くすくす、あーちゃーみたいだね」
「ふ、まあそんなところだ。
ところがこの下男がまた厄介な男でな。
この果実を打ち壊してしまえなどと考えている」
「うわ、ばかだね」
「……………むぅ。
ストレートな批評ありがとう」
「ふえ?」
「さて、質問だ。
目の前に果実はあるが君では背が届かない。
協力するはずの下男はどうしても果実が壊したい。
このままでは敵に果実を奪われてしまうかもしれない。
さて、君ならどうするかね?」



家政夫と一緒編第三部その17。
問いかけ。