おかえり


―――話は少し前に遡る。



パタパタパタ………。


白いブラウスが翻る。
庭の物干しにかけられたたくさんの洗い物が、
木々を抜ける風に煽られ音を立てる。
アーチャーは空になった洗濯籠を満足げに見下ろすと、
青い空を仰いで大きく伸びをした。

風にはためく洗濯物を眺めていると平和な気分になる。
久しく忘れていた感覚だな―――と、感傷に浸るアーチャーの耳に、
廊下を騒がしく駆ける音が聞こえてくる。

『あ、あーちゃー、どこっ!?』
『あーちゃーさぁん!』

慌てたような二人の声に、アーチャーは口元に優しい笑みを浮かべると
居間へと続く中扉をくぐる。

「あ!」
「あっ」
「お目覚めかな、マスター殿」

エプロンを付けた探し人を見つけると、顔を見合わせ満面の笑みを浮かべる
パジャマ姿の凛と桜。
居間を横切り一直線、アーチャーに抱きついてくる。

「「おかえりなさぁい!!」」
「――――――。
ああ………ただいま」

そう、アーチャーは遠坂邸に帰ってきたのだ。




「ね、ね、あーちゃー」
「ん?」
「ここのじゅつしきのこうせいなんだけど、あんまりうまくいかないの」
「ふむ、遠坂の理論体系ならば時臣氏に聞くべきではないか?」
「うー、とうさんはスパルタだから、おしえたこといじょうには
おしえてくれないんだもん」
「くく………ならばそこから学べるものがあるということだろうがね。
まあ、“君”から学んだことをフィードバックするぐらいならば
文句は言われんだろう。そこはだな………」


時刻は中天を少し過ぎた頃。
居間の掃除を終えたアーチャーに、勉強を見てほしいと
頼んできた凛と桜。
珍しいことに目を丸くしたアーチャーだったが、勤勉なのはいい事だと
二人の勉強を見てやることにした。


「わわ! す、すごいよ、びっくりするぐらいこうりつよくなった!
あーちゃーってすごいんだね………」
「まあ、元より君のやり方だからな。馴染まぬ筈があるまい」
「え?」
「あーちゃーさん、あーちゃーさん!」
「うん、どうした桜?」
「このじ、なんてよむんですか?」
「それは“えんそく”と読むんだ。
遠くに足を運ぶ、で遠足だ。桜はピクニック、つまり遠足が好きだろう?」
「はいっ、だいすきですっ!
ちっちゃいおはなとか、とりさんとかみるのたのしいです!」
「ではこの字を見た時、楽しい遠足に行く時の事を
思い浮かべるといい。そうすればすぐに覚えられる」
「えんそく、えんそく………えへ」

おやつを交えながら二人は、判らないことを聞き、
学びたいことを語り、覚えたことを披露する。
アーチャーはそんな二人を時には褒め、時にはからかい、時には教えながら
自分にもこの場所で学んだ日々があったことを思い出す。

それはスパルタどころか暴虐とも言えるとてつもなく厳しい授業。
学ぶ側は物覚えが良い方ではなかったので、
彼女にはずいぶんと苦労をかけてしまったな、と苦笑する。

人に何かを伝えるのは難しいことだ。
教えようと努力しても、一方的に内容を話すだけでは伝わるものも伝わらない。
学ぶ人の数だけ教え方があり、
教える人間もその内容をきちんと伝えるために学ばなくてはならない。
教える人間のことを知らねばならない。

嬉しそうに勉強する二人を見る限り、
幸い、二人にはきちんと伝わっているらしい。

『少しは、君たちの事を理解できたということなのかね………』

午後の日が優しい秋晴れの中、即席教師は
そう在れる今を幸せに思いながら優秀な生徒達に教鞭をとるのだった。



家政夫と一緒編第三部その16。
戻ってきた騎士。
遠坂邸は往く前と変わらずそこに在った。