Interlude4:道



夜の未遠川で始まったサーヴァント同士の戦い。
そのただ中へと向かったアーチャーの背中を追うかのように
閉ざされた川をじっと見つめる私と桜。

「………ひっく」
「………さくら?」
「………ねーさぁん………」

アーチャーはまた傷ついて、戦ってる。
その事に我慢しきれなくなったのか、横でしゃっくりあげる桜。
私は桜の肩を優しく抱くと背中をぽんぽんと優しく叩く。

ほんとは………私だってアーチャーに行って欲しくなかった。
ううん、アーチャーを行かせるのが嫌だったんじゃない。
その隣に自分がいないのが………嫌なんだ。

左手を見る。
継承を完了した遠坂の魔術刻印。けれどこの刻印はただ“あるだけ”。
身についている魔術なんてほんの僅かだし、魔術師同士の
戦いになれば出来る事なんて何も無い。
私は、ただの子供で………大好きな人を守る事も………出来ない。

「………う………」

涙なんか見せたくなくって、歯を食いしばっているのに。
悔しくて悔しくて、後から後から涙が出てくる。
痛いのも苦しいのも一緒ならなんでもない。
アーチャーの隣で、私も戦えるならなんでもないのに。
今の私じゃあ、きっと怖くて何も出来ないし、戦えない。
ちょっと魔術が使えたって………ただの役立たずだ。

何で私は、こんなに弱いんだろう。
それが悔しくて………涙が止まらない。


「―――凛」

父さんの声が降ってくる。
大きなコートが私と桜の肩にかけられる。
見上げた顔はいつもみたいに厳しい顔で、その視線は川の方を
睨みつけている。

「涙を拭け、目を逸らすな。顔を上げて前を見ろ。
お前の目の前には何がある」

涙で濡れた目をこすって、顔を上げる。
目の前にあるのは―――未遠川。アーチャーが駆けていった戦場。

「そう、戦場だ。
今目の前で行われているのは、我々が欲してもなお届かない
力を持つ者同士がぶつかり合う―――戦場だ。
魔術師として生まれ、魔術師として生きていくなら誰もが目指す、
最高峰の戦いだ」
「………!」
「足りない事を嘆くのはいい。
だがその思いに潰され、足を止める事は許さん。
凛、今おまえに出来ることは何だ。
涙をこぼし、子供だからと甘えてここで彼の帰りを待つ事だけか」

父さんはその視線を私に向けることなく言う。

「―――遠坂は何事にも勝たなければならない。
その言葉は守らなくてはならない戒律ではなく、生きていく姿勢の事だ。
無力を嘆くのならば学べ。
目の前にある、これ以上の無い手本から吸収しろ。
己の生き方を貫く力を身につけろ」
「………とうさん………」

父さんはそれっきり黙りこみ、川の方をじっと見ている。
そうか………父さんも魔術師。
もしもあの戦いが魔術師にとって最高のものだとするならば、
父さんにとっても学ぶべき事は多いはず。

「あのっ………お、おとうさん………わたし………」

川を眺める父さんに話しかける桜。
父さんは桜に目を向けることなく話し出す。

「………桜。
刻印を持たない魔術師は大成しない。
どれだけ努力しても、おまえが魔術師として生きていくことは難しい」
「あ………で、でもっ………わたしは………」

慌てたように声を上げる桜に、動かさなかった視線を送る父さん。
その目はとてもとても厳しくて。
桜は身を震わせる。

「生き方は、自分で決めるんだ―――桜」
「………あ。
………うぅ………ぅ」

その言葉に歯を噛み締める桜。大きな瞳に涙を溢れさせる。
父さんは視線を川のほうへ戻し、それきり桜の方を見ようともしない。

「………さくら………」

声をかけようとする私を首を振って制する桜は、
肩にかかる父さんのコートを強く握り締め、未遠川を見つめる。
魔力感知が出来るわけでも無い。
力の流れを読み取れるわけでもない。
それでも、川の方を見つめる。


「………そっか」

桜が欲しいもの、叶えたい夢は。
魔力なんか見えなくてもその先にあるんだ。


踵を返し、未遠川を見る。
次は私の番だ。
いつか私自身の力で道を切り開いていけるように、強くなる。
そうしてアーチャーが帰ってきたら、
巧くなった魔術を見せて、驚かせてやるんだ。

明日も、明後日も、明々後日も。
そうやって続いていく沢山の日々の中で成長して、
アーチャーをいっぱい驚かせて。
いつかその背中を守れるようになれたら………
私はなりたい自分になれるのかもしれない。


見る事の出来ない影の大船団。
見えない壁の向こうで繰り広げられている大きな魔力の流れの中で
戦い続けるアーチャーの事を思う。

「あーちゃー………」

勝てるよね?
またおうちで一緒に………暮らせるよね?



◆   ◆   ◆



そうして、夜の冬木は人外の戦いを経て明けていく。

オレンジ色の朝日が差す大橋の上で、
傷つきながらも帰ってきた赤い騎士を迎えるため、走り出す幼子たち。
飛びついてくる二人を優しく受け止めるアーチャー。
その瞳は何故か無力感に満ちていたが、
主人の前で気落ちはしていられぬと顔を挙げ、振り返る。
そこには闇の中へと消えていく剣兵の主従―――。

剣兵と弓兵。
共闘を経ても、目指すものは変わらなかった。
両者は敵同士として再び逢い合う事を覚悟し、朝焼けの中別れる。


冬木の町で迷い戦う幾多の影。
彼らの戦いは何処へと向かうのか、未だ混迷の度を残したまま
聖杯戦争は大詰めを迎える。



―――残る主従は三組。



理想の果てで願いを追い続ける灰色と、
愛するものの為、聖剣を振るい続ける剣兵。

失ってしまった夢の在り処に迷い、聖杯を狙う魔術師と、
名を求め闇に潜む暗殺者。

そして、未来を夢見る少女達と、希望を取り戻した弓兵。


分かたれた道は一つに集い、戦いの終着は間近へと迫る―――。



―――Interlude out



家政夫と一緒編第三部その13。Interlude4。
幾多の願いは朽ち果て、残るは三組の主従のみ。
夜を抜け、朝日差す明日へと彼らはひた走る。

果たして、その場所で待つものは何か―――。