君と共に



一人戦うセイバーを目指し、甲板の上を駆けるアーチャー。
彼女が通った道は兵の数も少なく、散発的に襲い掛かってくる
集団を躱しながら奥へ奥へと足を進めてゆく。

そうして鉄の長靴が目指すべき船の甲板を踏む。
甲板の中央、無数の敵に囲まれながらも剣を振るうセイバーは
常に4人以上の相手を強いられ苦戦をしている。
戦闘能力こそ敵を圧倒してはいるが、
一対多の波状攻撃を受け続ければセイバーとて長くは持たない。
一刻も早く援護に入らねば。


「――――――っ! 何故だ!」


だが。
駆け寄ろうとするアーチャーの目前に拒絶するかのような声が降ってくる。
こちらに視線を向けることも無いまま、ただひたすらに敵を打ち続けるセイバー。

「守る者がいるのだろう!
何故このような死地に来た………!」

その声は怒声となってアーチャーの耳へと届く。
何よりも大切だったものを、より良いものに変える為に剣を振るうセイバー。
だからこそ守るべき人の下を離れ、こんな場所へと戻ってきた
アーチャーを怒る。

何処までも正しく、真っ直ぐなセイバー。
憧れたあの日と変わらずに在るアルトリア。
だからこそ―――見捨てられる筈が無かった。

「………ああ。
自分でも馬鹿な生き方だと呆れる。
だがそれでも………君達を見捨てる事は、私には出来ない」
「―――っ!
貴方は………」

一瞬、動きが止まるセイバー。
その隙を狙い、背後より迫る虚無の兵士。

「――――――!」

見るよりも早く駆け出し、素早く投影した干将莫耶で敵兵を両断する。


―――ザッ。


そうして、背を合わせるように立つ二人の英雄―――。


「……………貴方は馬鹿者だ。
途方も無い馬鹿者だ」
「………そうだな」
「幼子達は貴方を思い、泣いているでしょう。
貴方に傷ついて欲しくないと苦しんでいるでしょう。
それでもいいと………貴方は言うのか」
「いいや。
だから必ず帰る。悲しませた以上に笑顔に出来るよう努力する」
「―――では、このようなことがある度に
これを繰り返すと?
………それでは、増えていく一方だ。
貴方は負った全ての責任を果たす事が出来ると思うのか?」


それは無理だろう。
全ては救えない。全ては守れない。
―――ただ一人では。


「思わない。
人を守るといっても………私は所詮他人だ。
誰かの大切なもの全てを理解する事など、
ましてや引き受ける事など出来はしないだろう。
だから―――私に出来るのは支える事だけ。
手が届く場所で支える事だけだ。
怒らせたのならば謝る。
悲しませたのならば喜ばせる。
そうして、共に往くしかない」
「――――――」
「私にはこの手の届く場所しか守れない。
この目が見渡せる場所しか守ることが出来ない。
その代わり―――手が届く場所ならば、力の限りは守れる」
「……………」
「セイバー。
今君はこんなにも近くに居て、苦しんでいる。
ならば………見捨てられる筈があるまい」


言葉を交わす間にも攻め寄ってくる敵兵。
前後左右、あらゆる場所から剣を振りかざし突撃してくる。


「はああああっ!」
「おおおおおっ!」


押し寄せる漆黒の波を退けていく二人の英雄。
剣を取れば無双の英雄セイバー。
誰かを守らせれば戦術百般の英雄アーチャー。
矛と盾、最強を誇る二つの力は互いを打ち合うこと無く
迫る敵兵を悉く打ち破ってゆく。

―――敵を知り、己を知れば百戦危うからず。

戦いを経て、互いのことを知り尽くしたセイバーとアーチャーは
共に剣を合わせる今、その連携に乱れなど無い。
お互いの死角をサポートしあい、時には攻撃、時には防御と
めまぐるしく攻守を入れ替えながら敵の波状攻撃を退ける。

散り散りになり、穴だらけになる軍陣。
破れぬかと思われた鉄壁の密集陣形は、
力を合わせた二人の英雄により防備を打ち壊され突破を許す。
走り出すセイバーとアーチャー。
目的は一つ、イスカンダルを見つけ出す事。


「―――アーチャー」
「なんだ?」
これが終われば………私たちは敵同士だ。
それでも………退く気は無いと?」
「無論」


梃子でも動かぬとその固い意志を明確に告げたアーチャーに
呆れたように溜息をつくセイバー。
けれどその気配はどこか穏やかだった。


「親切の押し売りは私の特技でね。
その背中、イスカンダルを懲らしめるまでは守らせてもらおう」
「―――ふ。好きにするといい。
ですが、遅れれば置いていく―――!」

そうして敵陣へと走るセイバー。
不敵な笑みを浮かべながらその背を追うアーチャー。


夜の未遠、その最後を締めくくる闘争の中で、
少年と少女は再び―――その剣を合わせた。



家政夫と一緒編第三部その12。
君と共に。

本当は敵など居ないのだろう。
剣を合わせて分かり合う人がいる。
激しい戦いの後で手を取り合う人も居る。

言葉は乱され、意思は万遍。
肌の色も、信じるものも、その悉くは分かたれ
争いは永遠に続くように思われた。
だがそれでも。
人は生きている。手を取り合って進んでいる。

救いは誰もが持っている。手を取り合って進む先にある。