その夢は、今



タタタタッ………

船内を駆ける敵の足音が耳に届く。
止まってはいられない。走り続けなければならない。
ただ、一人でも。


呼吸を整えると天井を叩き割り、再び船上へと姿を現すセイバー。
セイバーを追う為に崩れた密集陣形の合間を抜き、
折れたマストを蹴って敵の頭上をすり抜ける。
一つ一つに構ってはいられない。イスカンダルを見つける事が最優先だ。

だが敵陣を奥へ進むにつれて、敵の用兵と攻撃は苛烈さを増し、
攻撃を避けきれなくなったセイバーは身体の随所に傷を負う。
戦えば戦うほど、手の内を見せれば見せるほど、
こちらの能力は敵に漏れてゆく。
その度に戦い方を変え攻撃を仕掛けてくる幾多の兵士。
これ以上は―――通用しない。


―――ギャリイインッ!!


「―――く………」

襲い掛かる四人の敵兵。同時に繰り出された剣をかろうじて
受け止めるが、構わずにセイバーを押しつぶそうと迫ってくる。
前後左右、動きを止めたセイバーの周囲へ他の兵士が迫り、
身体に刃をつきたてようと剣を構え突進してくる。
剣を押さえられているセイバーに四方から迫る剣を止める術は無い。

『――――――っ………ここまでか……!!』

聖剣に魔力を込め、最強の幻想を起動する。
ここで使えば敗北する。だが使わなくとも終わってしまう。
避け様の無い敗北へのカウントダウン。
事実が闇となり、獅子の眼前を覆おうとしたその時。



――――――キュキュキュゴウッ!! ゴアアアアアンッ!!



起こる爆発、吹き荒ぶ熱風。
3つの爆発は周囲の敵どころか隣接する船すらも巻き込み、
敵兵団を吹き飛ばす。

「――――――!?
切嗣………?」

熱風から目を守りながら、背後へ目をやる。
後方―――老朽船の上。その舳先で武器を構える二つの影。
そこにいるのは切嗣だけではなかった。
捉えた姿に、目を見開く。

立っているのは―――赤い騎士。
去ったはずのアーチャーのサーヴァント。
千を越える敵兵団を前にして、恐れる事も怯む事も無く
赤い外套をなびかせている。


「――――――な」



◆  ◆  ◆  ◆



「……………」

無言のままライフルを構えている切嗣。
銃口はアーチャーに向けられることなく、ただ目前の
大船団を捉えている。

「―――礼は言わない」
「ああ、言われるつもりも無い」

目前へと迫る船の兵士たちを弓の連続射撃で葬ると、
敵船へと乗り込む為、船の舳先を踏みしめる。
セイバーの元へ急がなくては。

「――――――アーチャー」

だが、虚無の船へ跳ぼうと力を溜めるアーチャーの背に、切嗣の声がかかる。
振り返ることなく僅かに首を傾げるアーチャー。

「その手で、全てを救うつもりか」
「……………。
私はキリストでは無い。
全ての人を救う事など、私には出来ない」
「では何故―――僕達を助ける。
大事な誰かを省みず、願いの為に生きることが
結局誰かを蔑ろにしてしまう事は………君には判っている筈だ」

今までに無い強い語気に、半身を返し切嗣を見る。
灰色の瞳に浮かぶのは―――強い後悔。
大事な誰かを守れなかった、
大切なものを失ってしまった人が浮かべる深い悲しみの顔。

「……………ああ、きっと………。
今までの私ならば、その問いに返すものを持たなかった。
けれど今なら言える」
「……………?」
「願いも望みも―――一人では、叶わない」
「……………な、に?」
「だから私は行く。
貴方も、そしてセイバーも必ず救う。
この手を握る優しい人たちも守るさ。
それが私の答えだ、切嗣」


「―――――――――」


そういうとアーチャーは舳先を蹴り宙へと躍り出す。



―――笑顔は、幸せは、何から生まれるのだろうか。

ただ与えたい、ただ守りたい。
そんな一方通行の思いだけで人は幸せを得る事が出来るのか。
それはきっと違う。

―――灰色の空。
何の救いも無い曇天の下で、空っぽになった少年は
灰色の笑顔に幸せを見た。
誰かを助けられて本当に嬉しいと、伸ばす手を必死に掴んだ。
だからこの身体を動かすのはその想い。
貴方が与え続けてくれた、最も純粋な想い。


―――君を、助けられてよかった。
君と、一緒に居られて良かった。

だから、自分も還したかったのだ。
じいさんといられて良かった、と―――。


その想いが身体を動かす。
還す事の出来なかった想いが、笑顔を守れと願い続ける。
この理想が借り物だとしても、その願いは本物。
取る事の出来る手があるのならば、
見捨てたりはしない。

誰かの手を取り、笑顔を守る事こそが願いの形。
貴方の笑顔を、貴方の目指した想いを尊ぶのならば。
苦しむ誰かを前にして、捨て置く事など出来るものか。


騎士の長靴が虚無の船の甲板を捉える。
目指すは一人戦うセイバーのいる船。
今ならばまだ間に合う。

大事な人を守るため、大事な人の手を取るため。
弓兵は今一度走り出す―――。



家政夫と一緒編第三部その11。

人の生は短い。だから誰もが生き急ぐ。
走り続けなければ辿り着けないと判っているから。

けれど願いの形が様々であるように、その道筋もまた多様。
この願いはきっと、
猛スピードで流れてゆく景色のどこかで叶い続けていたのだろう。

だから今度は手を取ろう。
その刹那を見逃さぬように、歩調を合わせよう。
この夢と共に歩き続けていく為に。