約束



冬木大橋の歩道へと着地し、深山方面へと走る一行。
誰も口を開かない。
左手に見える未遠川は風王結界によって張られた広域結界の為に
間もなく閉ざされようとしている。
これから始まる人外の戦いを―――人の領域から隠すために。


―――タッ。


歩道を渡りきり、深山側のリバーサイドパークへと降り立つアーチャー。
溜息を一つつくと胸に抱いていた凛と桜を地に下ろす。

「あーちゃー?」
「あーちゃーさん………?」
「………マスター。
一つ、願いを聞いてもらえるだろうか」

半ば予感していたのか、
凛と桜はしっかりとした視線でアーチャーを見返す。

「うん。なぁに?」
「………セイバーを、じいさんを………見捨てる事は出来ない。
二人を助けに戻りたいんだ」
「……………」「……………」
「―――なんだと」

聞いていた時臣は表情を驚きに歪ませる。

「………アーチャー。
帰ってから伝える筈だったが………今話すことにする。
彼らは敵だ。
いずれ我々の前に立ちふさがり、剣を合わせる事になる敵だ。
それを―――救う、だと?」
「………そうだ」

にらみ合うように対峙する騎士と魔術師。
互いが互いの譲れないものを賭け、その視線を逸らさない。

「………これは戦争だ。
敵を倒し、目的をかなえる闘争だ。
だというのに………おまえは敵を倒さないという。
際限なくその救いの手を広げようとする。
その在り方は―――異常だ。
それはおまえ自身を必ず傷つける」
「だろうな」
「―――っ。
わかっていてやっているのか………!」

苛立ったように歯を噛む時臣。
それは既視感。
いつか何処かで突きつけられたアーチャーへの否定の言葉。
ああ、今ならその意味が良くわかる。
誰かの事を思うからこそ、誰かに言葉を尽くしたいと思う。
苛立ちは心遣いの裏返し。

時臣は―――考えてくれているのだ。
娘を長い間守り続けてくれた、家政夫の事を。

アーチャーは目を細め、時臣を真っ向から見つめる。
彼の思いを無碍にするわけには行かない。

「ああ。
この願いは理想に過ぎない。
敵を救う事を前提にして戦う事など
自分の命を粗末にする狂人の理屈だろう」
「……………」
「けれど。
私のとって戦いとは―――それ以外の何物でも無いんだ」
「――――――」

何故か。
そこで時臣の視線が力を失う。
彼自身にも捨てられないものがあるのか。
追い続けるものがあるのか、それは判らない。
けれど―――伝えなくては。

「………私は今まで一人だった。
誰にも頼らず戦ってきた。
馬鹿な理想、馬鹿な想い。そんなものに人を巻き込むわけには行かないと
一人戦い続けてきた」
「……………」
「だが、一人で出来る事など何程のものでもない。
一人では、誰も救えない。
手を差し伸べても握り返してくる手がなければ誰かを救えない。
それを………凛たちに教えてもらった。
―――だから。
恥を忍んで頼む。この戦争―――巻き込まれてくれないか」

そう言って頭を下げるアーチャーに目を見開く時臣。
あまりの暴論に逆に呆れてしまったのか、表情を和らげる。

「―――巻き込まれてくれ、か。
アーチャー。私は………遅れてきた者だ。
元々がこの戦いに関して部外者だ。
その戦いに巻き込まれろと。おまえはそういうのだな」
「………そうだ」
「………私は私の願いを叶える為にこの戦争に参加する資格が無い。
私には、娘を守る事しか出来ない。
それでも―――いいのか」
「――――――!」
「………とうさん………」
「お、おとうさん………」

父親の言葉に驚く凛と桜。
言葉少なく、その胸の裡を明かすことがなかった父親。
桜はその言葉だけで目が潤み始めている。

「―――十分だ。感謝する」
「だが、一つ約束しろ。
お前の行動は周りの誰かを不幸せにする。
だから勝手をやる以上―――死ぬな。
生きて戻れ。それが協力する条件だ」
「そのような願いならば、必ず」

ニヤリと、口元に不敵な笑みを浮かべるとアーチャーは固く約束する。
これ以上無い共闘者を得た。後ろの守りは万全だろう。
後は。


「あーちゃー」
「あーちゃーさん………」

凛と桜、二人に向き合う。

「………あーちゃー、あーちゃーがしたいこと、
のぞんだこと………さっきのたたかいのなかで、きいたよ」
「あーちゃーさんは………やっぱり、いっぱいのひとを
たすけてきたんですね」
「……………」
「わたし、あーちゃーがけがするのも、くるしいのもいやだよ」
「ああ」
「あーちゃーさんが、しんじゃうようなめにあうの……やです」
「………ああ」
「でも。
せいばーってサーヴァントと………あのまじゅつしのひとは。
あーちゃーにとってだいじなひと………なんだよね?
たおさなきゃいけないてきとか、そんなことにかんけいなく、
だいすきなひとなんだよね?」
「………ああ」
「たすけたい………ひとなんですよね?」
「――――――ああ」

そういうと二人はアーチャーの足に抱きついてくる。

「あーちゃーがあのひとたちのこと、すきなように………。
わ、わたしたちも、あーちゃーのことすきなんだから………っ。
だから………もどってきて!
さっきやくそくしたんだから!そばにいてくれるって!」
「いっしょにおうちにかえるって、やくそくですからっ!
だから………ぜったいにかえってきてください!」
「――――――ああ」

頷くばかりだな、と苦笑いを浮かべながらアーチャーは
二人の背中をぽんぽんと叩く。

誰も彼も選ぶ事は出来ない。
想い、想われる人がいるなら、守りたい人がいるならば
その人たちの為に生きなければならない。
―――これは勝手だ。
手を握ってくれる人を悲しませてしまう、理想の矛盾。
帰る場所を持たない人間に誰かを救う事など出来ない。


だからせめて―――約束だけは守ろう。
二人の元へと戻り、この身体が朽ち果てるまでその笑顔の為に生きよう。
いつか旅立ってしまうとしても、その時までは―――
自分の為に努力してくれる優しい主人の為に、生きよう。


「―――必ず、帰る。
敵を懲らしめて、すぐ戻る。
だから少しだけ待っていてくれ」
「―――あ。
う、うんっ! こらしめてきなさいっ!」
「あーちゃーさんっ………がんばって!」


そうして騎士は踵を返し、未遠川へと戻っていく。
結界に覆われた未遠。その中で戦うセイバーと切嗣。
まだ救える。手を伸ばしてとることの出来る手を見捨ててたまるものか。

既に始まっているだろう戦闘に思いを向けながら
アーチャーは走り出した。



家政夫と一緒編第三部その9。
約束。

騎士は増えていく重みを力に代え、再び戦場を目指す。
全部をとることなど出来ない、いつかは破綻する。
けれどこの両腕にモノが抱えられる限り、その全てを守ろうと思う。
この力はその為に在るのだから。