願い



ダアンッ、ダダンッ! ………ガシャッ………ン。


―――一閃。
アーチャーの一撃は獅子の胴をなぎ払い、その体躯を吹き飛ばした。
デッキに叩きつけられ、倒れるセイバー。


「―――――――――」
「――――――な………」
「――――――あ………」
「――――――わわ……」


その場に居る誰もが驚愕のために口を聞けない。
剣兵セイバー弓兵アーチャー
剣を取れば最強のサーヴァントと、本来弓を扱う者。
勝負の結果は決まっていたはず。地に伏す者は決まっていたはずだ。

だが。
結果として立っていたのは―――弓兵。アーチャーであった。


「あ………あーちゃー!」
「あーちゃーさん………!」

沈黙を破り、一番早く動き出したのは彼のマスター、凛と桜。
大きな目を不安に歪ませて大好きな人を見る。
その視線に気付いたアーチャーは二人に顔を向けると、
いつもの皮肉げな笑みを浮かべた。

「………あ」
「………あ………!」

二人のマスターは大好きなその笑みをみて安心する。

傷つくこともなく戦いを終えられた事に。
手の届く場所にいてくれた事に。
約束を、守ってくれた事に―――安心する。


「―――さて」

干将莫耶の二刀を携え、アーチャーは切嗣の下へと向かう。

「衛宮切嗣。
今度こそその令呪―――破棄してもらおう」
「――――――」

黙って懐からジェリコを引き抜く切嗣。
だがアーチャーの目はその腕が細く震えていることを見逃さない。
切嗣の腕は、やはり直りきってはいないのだ。

「………諦めろ。
先の戦闘、そして今の戦闘、
貴方に勝ち目が無いことはわかっているはずだ」
「黙れ。
止めたいのならば殺して止めるがいい。
だが………楽に殺せると思うな」


『―――く………』


―――ギリ。


強く歯を噛む。
結果は出ている。勝敗も明らかだ。
だがそれでも………切嗣を止められない。
その命よりも大切な夢を止められない。


幼い士郎を置いて、よく旅に出ていた切嗣。
死ぬ間際までその夢を追い続けていた彼は、
冒険と称し誰かを救い続けていたのだろう。
ボロボロに朽ちて行く己の身を抱えながら、それでも
誰かのために生きていたのだろう。
なにが彼を支え続けたのか、それはわからない。
けれどそれほどまでに追い続けた理想を、捨てられるわけが無い。
その手段を、諦められるわけが無い―――。


剣を構える。
鈍く光る干将莫耶。その切っ先を突きつける。

結局、このやり方しか選べないのか―――。

歯を食いしばり、切嗣を睨みつける。
震える腕を上げ、アーチャーに対し銃を照準する切嗣。
戦いの機が再び高まり、火を噴こうとするその時。


「…………っ………う………。
やめ………なさい………。アーチャー」


デッキに響く苦痛の呻き。
それは倒れ伏したセイバーから上がったものだ。
直撃した陰陽剣はセイバーの命脈を断ってはいなかった。

身をよじり上体を上げるセイバー。
胸鎧を完全に破壊され、惨たらしい傷を腹に走らせる彼女は
人の身であれば動く事も出来ない重症を負っていた。
驚異的な再生能力を持つ彼女だが、受けた傷はほぼ致命傷。
まともな回復を望めば数十分はかかろう。

だが、たとえ動けずとも獅子は獅子。
口からは血を流しながらも闘志絶えないその瞳が、
目前にいる勝利者の背を捉える。

「ぐ………何故………」
「――――――」
「何故、私に止めを刺さず………切嗣に令呪の破棄を要求する。
負けたのは私だ、アーチャー。私を倒せばそれで終わるだろう。
それとも………私を愚弄しているのか?」


その問いは、聴いたことのあるものだった。
戦いの果て、敗北した切嗣がアーチャーへと投げかけた疑問。
セイバーが発したその問いを聞き、切嗣もまたアーチャーを見る。


「―――愚弄?」


振り返り、紺碧の美しい瞳を見つめる。
そこに浮かぶのは怒りと疑問。

―――在りし日のセイバーが望んだもの願いが、もしも変わっていないのならば。
今の彼女にとって聖杯こそが全てなのだろう。
そこへ到る為の戦いこそが全てなのだろう。
異郷の果てで幾多の命と願いを壊し続けてきたのも、
その胸に秘めた最後の願いを叶える為。


『あの時―――聖剣を抜いてしまったとき、国を救えなかった私より、
国を救えた筈の相応しい王がいた筈です。
……だから、もし聖杯の力で王の選定をやり直すことが出来るのなら、
その時に戻ればきっと―――』


それは、遠い日に紡がれた彼女の言葉。
運命を変え、血塗れのカムランをなかった事にしたいという願い。
自らを消し去り、新たな王を生み出すという―――自身を滅ぼす望みだ。

その在り方は、少し前までのアーチャーと何も変わらない。
結果に絶望し、その挙句に存在の消滅を願ったアーチャーと、何も変わらない。


「………愚弄、か。
生憎、殺し合いをする為に英霊こんなものになったわけではない」
「………?
聖杯戦争のシステムを知らぬわけではないだろう。
殺し合い、最後の一人になるまで戦い続ける。
それが冬木のサーヴァントシステム、そんな事は判っているはずだ」
「―――ああ、そうだな。その通りだ」

そう、そんな事は判っていて戦いに臨んだ。
元々、聖杯戦争自体彼にとってはどうでも良い事。
だが今は―――異なる理由で聖杯を求めてはいなかった。

真意の見抜けないアーチャーの態度に苛立ちを募らせたセイバーは
その口調に怒りを滲ませ、吐き捨てるように言葉を紡ぐ。


「―――では、何故貴方はこの戦いに挑んだのだ?
叶えたい望みがある。
叶えなければならない、願いがある………!
その為に―――呼び出されたのではないのか?
貴方は―――聖杯が欲しくないというのか………!?」



家政夫と一緒編第三部その5。
戦いは終わった。
約束を果たすため再び刃を構える弓兵は、
剣の王に言葉を投げかけられる。

―――貴方には欲する願いがないのかと。