功到熟時自通神


「――――――ク」

思わず笑みが浮かぶアーチャー。
捉えにくい楕円の軌道を描き飛来する剣を一撃で落とす。
その直感、既に入神の域だ。生半可な攻撃では通用しまい。

両手の剣を失い無手となったアーチャー。
その愚策を責めるかのように猛烈な突進を以って
アーチャーの領域へ侵攻するセイバー。
振りかぶられる聖剣。この間合い、籠められた力の程。
武具を持たないアーチャーにはその一撃を防げない。


―――ツギインッ!!!


「――――――なに」

だが。
赤い騎士はその口元に皮肉げな笑みを浮かべ、
聖剣の一撃を止めていた。
その両手に握られているのは剛剣、干将莫耶。


―――英雄の宝具はただ一つきりのもの。
手を離れれば失われ、壊れてしまえば次は無い。それが定理。
だがその手に握られているのは先ほど投擲された
二振りの陰陽剣と全く同じものだ。
それは定理ルールを覆すあってはならない違反行為―――。

刹那の逡巡。
冷静沈着なセイバーの事だ、惑いは本当に一瞬のもの。
だが見せていなかった手が生み出すその一瞬こそが
接近戦において大きな隙となる。


―――ギュオッ!

虚を突いた神速の一手。
あるはずの無い剣がセイバーの顔面を襲う。
僅かな惑いが躱せるはずの一撃を掠らせ、その美しい頬に
血の花を咲かせる。


――――――入った。


ほんの僅かに亀裂が入った鉄壁の牙城。
僅かな望みに賭けた弓兵はその機が来たことを悟った。


「――――――っ」

舞い散る血の花。
だが、受けた傷に怯むことなく踏みとどまるセイバー。
退く事を知らない、勇猛果敢な剣の王。
そうでなくてはならない。そうでなくては―――成らない。


―――グオッ!!


地を踏み、溜め込んだ勁力。
足から腰へ、腰から肩へ、肩から腕へ。
その全てを振り絞り、アーチャーはセイバーへと突進する。

「―――愚かな………!」

あまりにも芸の無い頭部への突き。
その見慣れた一撃を、見切るまでもなく迎撃するセイバー。

―――ガシャアアンッ!!

砕かれ、幻想へと還る宝剣干将。
十分な余裕を持って今の一撃を破ったセイバーは、
アーチャーを仕留めるべく半歩を踏み出す。
その半歩。それこそが、彼女にとって必殺の間合い。

数合の切り合いでアーチャーの力量を読みきったセイバー。
彼の技ではセイバーを圧倒する事は叶わない。
故に踏み出す必殺の半歩は、ありとあらゆる幻想を断ち敵を葬るだろう。
機は熟し、後はその刃を振り下ろすだけ。
―――だが。


――――――――ゾクリ。


「―――――――――!?」

疾る悪寒。
彼女の領域、必殺の間合いの内で打ち鳴らされる警鐘。
それを無視できず、セイバーは上体を無理やりに沈み込ませる。


――――――オッ、ギャンッッ!!


リボンを裂き、その頭上を飛び過ぎる何か。
それは―――アーチャーの手にあるはずの宝剣莫耶。
直撃すれば間違いなく首が落ちていた。

「―――――――――な」



「――――――ク」

口元を歪めるアーチャー。
完全な死角から飛来した一刀を勘だけを頼りに回避する、その直感。
ああ、判りきっていたことだが、
まともなやり口ではこの化物相手に勝利する事は叶わない。

故に、幾重にも重ねた蜘蛛の糸。張り巡らせた罠。
獅子を討つ為の僅かな光を、ようやく―――捉えた。


間をおかず、アーチャーの手から繰り出される右手の宝剣莫耶。
上体を倒したセイバーの上に、振り降ろし気味の一撃が襲い掛かる。
死角からの一撃―――だが、神通まがいの直感を保有する
セイバーにとって見える見えないは問題ではない。
苦しい体勢ながらも、逆風の軌跡を描き繰り出された聖剣は
アーチャーの一刀を、“胴”の前で破砕する。


ガシャァンッッ!!!


舞い散る鋼、消えていく宝剣莫耶。
アーチャーは再び無手となり、防御手段を失った。
この間合いとタイミング、ここで追撃すれば手品じみた防御も間に合わない。
これで、終わり。

終わり―――なのだが。

セイバーの脳裏に疾る予感が激しい警鐘を鳴らす。
―――止めの一撃を振るってはならない、と。



――――――ギュンッ! ズガアアンッ!!!!


「――――――っ………!」


振り払われた聖剣。激突し、飛び散る火花。
重く、強烈な一撃を真っ向から防いだ聖剣が、セイバーの腕を痺れさせる。

闇の中から飛来したのは宝剣干将。
無論、アーチャーの手元で破壊された干将ではない。
先の莫耶を含めセイバーへと飛来した二振りは先ほどアーチャーが投擲し、
聖剣によって弾かれた干将莫耶である。


―――陰陽剣、干将莫耶。
夫婦剣である二振りは互いを呼び合い、引き合うという磁石に似た
性質を持つ宝具だ。
本来、セイバーに弾かれた干将莫耶はそのまま船のデッキに落ちるか、
海の藻屑と消えるはずだった。
だが、アーチャーによって投影された新たな陰陽剣が
道を見失った二振りの灯火となり、彼らを導いた。
そう―――セイバーの下へと。



アーチャーにより導かれ、飛来した宝剣干将は
獅子の胴を両断する寸前―――振り払われた聖剣によって防がれた。

防いで、しまった。


「――――――あ」


セイバーの脳裏に、予感が走る。
膝をつき倒れる、敗北の予感。


今の一撃は防御するしかなかった。
例えアーチャーを先に切り捨てたとしても、
飛来する投剣はセイバーの胴を輪切りにし、その身を消滅させていただろう。
攻撃を防御する事は避けられない。
だが、ここで防御をするのは拙いのだ。

防御とは攻撃を防ぐための技術。
防御を構成する要素は多々あるが、攻撃を防御する上で
とりわけ重要な要素は『間合いの運営』だ。
捌き、いなし、躱す。
それを可能とするのは敵の攻撃を見切るための十分な間合い。
どんな攻撃がきても対処出来る距離を知る事こそが万全の防御を実現する。

―――だが。
彼女が踏み出した半歩は、敵を倒し切り伏せる為の半歩。
退く事は出来ない、相手を噛み殺す為の半歩。
その間合いには十分な防御をするための余裕が存在しない。


他を圧倒する百獣の王。
だが、無双を誇る彼らにも無防備になる一瞬がある。
それは獲物を仕留める為、牙を剥く瞬間だ。
その刹那、彼らには攻撃以外の選択肢がなくなる。


『――――――っ』


―――自他の力量差を省みず仕掛け続けた攻撃。
―――それを知りながらも武器を投擲するという蛮行。
―――そして、獅子を懐に招き入れるという蛮勇。


その全てが、この一手のために仕組まれたものなのだとしたら?
防がせる事を前提にして組まれたものなのだとしたら?
攻めの間合いで三度にわたる防御を行ってしまったセイバーには
これ以上の刃を振るう余力は残されていない―――。

そう、これは赤い騎士が命を賭して仕組んだ戦術。張り巡らせた蜘蛛の糸。
セイバーはこの罠へと誘い出されたのだ。



無手のまま振りかぶったアーチャーの手に現れる二振り。
砕かれ幻想へと還る鋼の雨を切り裂いて、
新しく生まれた白と黒がセイバーへと迫る。


―――剣を振るえばセイバーには敵わない。
それは決まりきった事実。
繰り出す全ては躱され、振るう剣は尽く破壊されるだろう。
剣士として対すればどう足掻こうが勝ち目は無い。
故に、アーチャーの戦いは剣士のものでは無い。
剣を鍛ち続ける―――錬鉄師の戦い。

高速、連続投影。
一つの投影を間をおかずに連続して投影する。
アーチャーにとって、タイムラグを無しにして投影できる
完全な武装は、干将莫耶ただひとつ。
接近戦において無刀になるという蛮行を行ってもなお、
戦い続けられる唯一の方法論。

彼にしか出来ない戦闘方法であり、それ故に敵の予測を欺ける攻撃方法。
誰も知らない、誰も真似る事が出来ない唯一。

―――故に、必殺。



オッ――――――ガアアアンンッッッ!!!!



爆撃めいたその一撃は―――獅子の体躯を破壊した。



家政夫と一緒編第三部その4。
功が熟せば自ずと神に通ずる。


―――鶴翼しんぎ欠落ヲ不ラズむけつにしてばんじゃく
―――心技ちから泰山ニ至リやまをぬき
―――心技つるぎ黄河ヲ渡ルみずをわかつ
―――唯名せいめい別天ニ納メりきゅうにとどめ
―――両雄われら共ニ命ヲ別ツともにてんをいだかず

二刀の陰陽剣、その刀身に刻まれた言葉。
それは剛刀と共に進む、自らに課した誓い。
鋼が鋼の想いを貫き通す。そんな言葉。