強者


オオ――――――ン。


秋の冷たい風よりもなお鋭く、魂を凍りつかせる気配が場を支配していく。
それは生きる者を死に至らしめる人外の圧力。
その中で、ただ向かい合う者を倒す事だけに全身全霊を注ぐ
二人の英雄―――アーチャーとセイバー。


―――初手必殺。
両者共に真名開放の隙は無い。
どれだけ早くともこの間合いと両者の気力の程では
その“機”を見せるだけで察知され、宝具発動前に叩き潰されてしまうだろう。
故に、振るう一刀に全てを賭け、敵の防御を突破する。
ここで行われるのは単純な力勝負だ。

目前の獅子を見る。
聖剣を正眼に構えたセイバーの立ち姿には一切の隙が無い。
こと剣技という分野においてセイバーに勝てるサーヴァントは
存在しないだろう。
ずば抜けた身体能力、あらゆる魔術をキャンセルする対魔力、恐るべき直感。
そして神造兵装、エクスカリバー。
その手に持つ最強の幻想がセイバーの強さを次元違いのものにしていた。

どんなに優れた力を持つサーヴァントであろうとも
剣技でセイバーに戦いを挑めば敗北する。
それは動かす事の出来ない事実だ。
無論、剣士として対すればアーチャーも敗北する事だろう。


『―――故に』


彼が戦うべき相手はセイバーではない。
アーチャーが対するのはアーチャー自身。
彼にとっての戦いとは、その唯一を何処まで研ぎ澄ます事ができるか、
その一点。

錬鉄の英雄エミヤ―――彼は剣士でも弓兵でもない。
彼は錬鉄師。幻想を骨子として剣を鍛つ者だ。
彼には剣を振るう才も、魔術師として大成する才も無い。
事戦闘と呼ばれる分野でその道を極めた存在と対すれば敗北は必至である。

では彼にできることとは何か。
エミヤの必殺とは何か―――。

彼は錬鉄の英雄。彼にとっての唯一とは
内なる剣を硬く硬く鍛ち続ける、限りない錬鉄そのもの。


そう―――無限の剣製。


構える二刀に意識を向ける。
愛剣、干将莫耶。
永い時を共に歩いてきた最高の相棒だからこそ成せる、
エミヤにとって唯一の必殺。彼らにしか表現できないただ一つの本物。

さあ、相棒。
叶うはずのなかった披露目の時が―――やってきたぞ。




向かい合う赤と青。
凍りつく空気は互いの領域を侵食し肌を粟立てる。
極度に研ぎ澄まされた五感は相手が発する意をも感じ取り
必殺の機を伝え合う。
そうして――――――。


――――――ブオッ!!


初手、仕掛けたのはアーチャー。
溜め込んだ力を全て推進に変えた、弾丸のような突進。

「―――」

―――ギャインッッ!!

両者の間合いをコンマ数秒で無にするとてつもない突進を、
事も無げに受け止めるセイバー。
聖剣に対し真っ向から仕掛けた干将はその刀身にヒビを入れるが、
絡みつくように振われた剣は意図した通りにセイバーの初手を封じる。

ヒュオッ!

次手。
間をおかず放たれた右手の莫耶は聖剣の横を抜き、セイバーの首を狙う。

ギュインッ!

だが、押さえていた干将もろとも弾きとばす聖剣の振り払いで
その一撃を防がれる。
返す刀に振り下ろされる聖剣の一刀。

「――――――っ!」

触れれば身体を両断する暴威の刃。
その反撃を予期していたアーチャーは、
素早く右手へと踏み込み、攻撃を躱すと同時に莫耶を突き出す。

―――ヒュンッ!

セイバーの顔面を狙った一撃はスウェーバックにより躱され宙を切る。
だがアーチャーの狙いは攻撃そのものでは無い。
踏み込みの勢いを殺すことなく、ボクサーのような小さなステップを踏むと
セイバーの後方へと素早く回り込む。
攻撃位置の確保。正攻法で向かってもまともな勝負にならない以上
如何にしてセイバーの意表を突くかがアーチャーの勝機だ。
セイバーの側頭部へと襲い掛かる干将。


―――ガァンッッ!


「………ちっ!」

だが左手一本、干将の一撃を見る事もなく聖剣の柄で弾くセイバー。
余裕すら感じる防御―――この一撃はセイバーにとって
予測済みだったのだろう。
受けると同時に半歩足を引いていたセイバーは
振り返ると同時に側方のアーチャーに対し聖剣を振るう。

オンッ、ブオンッッ!! 

袈裟懸け、逆風―――!
強烈な踏み込みと同時に疾る、ふたつの黄金の軌跡。
まともに受けては剣が破壊される。
半身を引くことで攻撃半径から身体を逃がし、
一撃目を寸前でやり過ごし、二撃目を引いた後ろ足をバネに
逆に踏み込むことで回避する。

―――ズキッ

「――――――チッ」

避けきれていなかったのか、脇腹に走る痛み。
セイバーの攻撃がこちらの予想と防御の上を行っているのだ。

『ク………案の定長くはもたんな―――ならば』

間合いを詰めたアーチャーは
踏み込みと同時にセイバーの頭を突く。

「―――浅い!」

ブンッ―――!

カウンター気味に振るわれたその一撃をセイバーは
身を沈ませる事で回避する。
素早くバックステップを踏み、間合いを開けるアーチャー。


―――勝負になっていない。
前回の戦いを経て学習されたのか、繰り出す手の尽くを防御されてしまう。
こちらの能力限界と戦闘技術の程を把握されたのだろう。
二戦目ともなると同じ手は通用しない。

『―――ク。だが、それでいい。
負けるなら派手に、だ』


後ろ足が地に付くと同時に真正面からセイバーの間合いに飛び込む。

「―――愚かな」

―――ガアアンッ!!

渾身の一刀を真正面から受けても揺るぎもしないセイバー。
逆にアーチャーの武具の方が聖剣の圧力に悲鳴を上げている。

「―――っ」

だがもちろんその一撃はフェイクだ。
先の戦闘でも使った合気の技術―――引き込み。
強い衝撃を真っ向から受けるためには同じか、それ以上の力が必要となる。
渾身の一刀を真っ向から迎え撃ったセイバーの身体は今、
強い力のかかった“実”の状態にある。

一拍の間をおくこともなく、“虚”の状態に入るアーチャー。
アーチャーに向けられていた力の全ては前方方向に
集約され、つんのめる様に半歩踏み出すセイバー。

「―――っ!?」

ゆらりと、その流れを殺すことなくセイバーの側方へと
廻り込むアーチャー。間をおくことなく放たれた回し蹴りがセイバーの
身体を捉える―――!


―――ダガアンッ!!


「――――――ぐっ!」


たたらを踏みあとずさるセイバー。
その機を逃さず後方へと跳躍したアーチャーは両手の宝剣、
干将莫耶を―――投擲する。


―――ギュオンッ!!


回転しながらブーメランのように飛んでいく陰陽剣。
超重量を誇る干将莫耶による投擲攻撃は肉を断ち骨をも砕く。
風を切り飛来する二対の剛剣は、狙い違わずセイバーの頭を目指し飛んでいく。
必殺のタイミングで放たれた一撃―――だが。


ガキュンッ!!


一撃―――ただの一撃。
左右同時に襲い掛かった二対の陰陽剣は、
その軌道をずらされ明後日の方向へと飛んでいった。



家政夫と一緒編第三部その3。
強者。

ありとあらゆる願いと希望を断ち、国を守り続けた赤き竜。
その意思、その技の程は人の域に在らず。
常人が挑めば叩き潰す、それが強者の理。
どんな意思を以ってしても、どんな力を以ってしても
覆らないものはある。

だが―――男はそれを認めない。
理が己を否定するならば、その理を超えて作り出してみせる。
進むべき、道を。