因果の果てに



―――カッ。

鉄の長靴が床を踏み、硬い音を鳴らす。
機が熟したのか、それとも惑いが晴れたのか。
沈黙を保っていた獅子はついにその一歩を踏み出す。

「――――――」

敵対する主従を監視していた遠坂時臣は、セイバーのその動きに
眠らせていた魔術礼装を起動させ迎撃態勢を整える。
遠坂代々の当主が貯蓄し続けてきた強力な魔術礼装の数々。
しかし、それだけの宝物をよろいながらも
目前の獅子が発する巨大な圧力に身の震えを押さえられない。

『……………これが、セイバーのサーヴァントか』

遠目から敵を測るのとは違う。
その目が発するのは紛れもなく王者の圧力。百獣を従える
気高き獅子の威厳。
向き合うことで理解できた彼我の力の差に
推定していた戦力分析を改める。

果たして―――人の身でこれほどの者を打倒する事が可能なのか。


「遠坂時臣」

アーチャーはその背に声をかける。
肩を震わせ振り返る時臣。

「―――っ………。
飲まれていた………ようだな」
「真正面からあの圧力を浴びせかけられて
その程度で済んでいる事にむしろ驚きを覚えるがね」

その圧力は人を圧してなお有り余るもの。
子供や老人ならば睨まれるだけで命を落としかねない。

「サーヴァントにはサーヴァントを。ここからは私の仕事だ。
その代わりと言ってはなんだが………二人の守りを頼みたい」
「なに?」

アーチャーの言葉に息を飲む時臣。

「………まさか、彼ら相手に一人でやるというのか?
“魔術師殺し”はどうするつもりだ」

切嗣に対して厳しい視線を送る時臣。
魔術師殺し―――彼らにとってその名は同族殺しの忌み名であり
蔑み恐れるべき名称なのだろう。
僅かに眉を顰めるとアーチャーは眼下の切嗣に視線を向ける。

アーチャーに切断されたはずの切嗣の両腕。
どんな魔術に寄るものなのかは判らないが、見る限り繋がっているようだ。
しかし、切嗣の顔には回復と呼べるほどの生気は宿っていない。

自らの命も顧みず、敵を倒す事に執着する衛宮切嗣という魔術師。
その在り方からすればこれまで攻撃してこなかった事自体が異常だ。
そこから考えられる理由は一つ。
切嗣の腕の治療は、未だ完全なものではないのだ。

「恐らく―――彼は今、攻撃する事が出来ない。
とはいえ無力というわけでもない。
だから二人の事を守ってやって欲しい」
「……………」

遠坂時臣。出会ってから僅かな時間しか経っていないが
閃き型というよりも情報と事実を重視するタイプに見える。
自身の能力、セイバーとの相性、そしてこれから先のこと。
様々な思いを走らせているのだろう。
僅かな逡巡の後、顔を上げアーチャーを見据える。
その目にはもう迷いがない。
この場面も、そしてこれから先も
アーチャーを信じる事を前提にしなければ始まらないと覚悟を決めたのだろう。

「―――わかった。
勝利してみせろ、アーチャー。
娘たちとの約束、必ず守ってくれ」

そういうと後ろに下がり、二人の前にしゃがみこんで
何事かを話し始める時臣。
父親の前だとしおらしい凛を横目に苦笑を一つ浮かべると
アーチャーはブリッジ屋根から飛び降りた。



―――ザッ。



空気が変わる。
僅かに緩んでいた船上の風が、二人の英雄の発する気配に
硬く冷たく変わっていく。

強い風に外套をはためかせながら立ち上がるアーチャーの手には
白と黒、二振りの宝剣干将莫耶。

『干将莫耶。我らは最良の主人を得た。
主命に答える為―――その力、今一度示せ』

刀身は静かに赤い光を跳ね返し、佇む。
随分と扱き使っているというのに殊勝な戦友である。
だが、それゆえに信頼出来る。彼らと共になら―――成せる。
準備は、万全だ。


「待たせたな、セイバー」
「………アーチャー」

その目を僅かに細め、アーチャーを睨むセイバー。
黄金の剣を持つ凛々しい立ち姿は、心なしか先ほどより覇気が無い。

「―――よいのか。
その屍を、幼子たちの前で晒す事になっても」

その口から出たものは、驚くほど悲痛な声音。
アーチャーは目を見開くと、やれやれといわんばかりに苦笑を浮かべる。

「―――ク。
これはおかしなことを言うな、騎士王。
貴方に従った幾多の騎士達。
その誰が―――負けることを前提に戦に臨んだ?」


「――――――」


「貴方を―――信じている。
必ずや勝利をもたらしてくれると信じているから。
だからこそ、戦えた。違うか?」


アーチャーの言葉にしばし呆然とするセイバー。
だが口を閉じ歯を噛むと、強く頭を振る。
まるで何かを振り払うかのように―――頭を振る。
そうして上げた顔は迷いや動揺が一切見られない、固い顔。
美しく、だが恐ろしい碧の瞳がアーチャーを真っ向から捉える。

「――――――判らぬ。
だが………貴方にもあるのだな。
信じる想いが」
「ああ、あるさ。
それを固く信じている。だから、負けることは無い」


「―――いいだろう。ならば、言葉は不要」


そうしてセイバーは黄金の剣を構える。
幾多の願いと想いを切り裂いてきた勝利の剣。
その重みを受けてなお突き進む鋼の信念を刃に込め、構える。


「我らの想い、何れかに欠けた方が―――膝を折ることになろう」


対するアーチャーも二刀を構える。
信じてきた道を、想いを陰陽の刃に乗せ構えを取る。


高まる気炎。凍りつく大気。
これは先の焼き直し、互いの命運をかけた必殺の睨みあい。

夜の未遠に浮かぶ船の上。
赤と青、二人の英雄は幾多の因果の果てに、今―――激突する。



家政夫と一緒編第三部その2。
二人の英雄は譲れない願いと想いの果てに激突する。
何よりも尊び、愛したものを守るため剣を振るう。
その果てに待つものは、果たして何か―――。