家政夫と、一緒。:後編



頼もしくて、暖かく広い胸の感触をもう二度と離すまいと、
二人の幼子は懸命にしがみつく。
そうしてもらえる事、その身を預かれる僥倖を噛みしめながら、
アーチャーも二人の背中を優しく、ぽんぽんと叩く。
必ず守ると―――安心させるかのように。


「凛、桜。―――心配をかけた」
「ぐすっ、ぐすっ………ばかぁ………!」
「あーちゃーさぁん………っ」
「ああ………それから」
「ぐすっ………?」「……………?」


「ありがとう、二人とも。
限りない―――感謝を」


「………えへへ………。
わたしも………いっぱい、ありがとうですよっ!」
「ば、ばかっ………せわやかせてっ!
おひめさまがきしをむかえにくるはなしなんて、きいたことないのっ!
ふできなサーヴァントをもつと、マスターはたいへんなんだからっ!」


涙を拭きながら嬉しそうに話す凛と桜。


「―――クク。
では不出来なサーヴァントがどれ程の力を持つのか―――。
見せてやろう」


そうして、立ち上がる。
後方船首デッキ―――難しい表情のセイバーと、物憂げな表情の切嗣。
二人を睥睨する。


「―――アーチャー。その傷は大丈夫なのか?」

並ぶ遠坂時臣が静かな瞳で問いかけてくる。
どうやら戦闘にはならずに済んだらしい。
仕掛ける機を外されたのか、切嗣たちにも動く気配は見えない。

「大丈夫、とはいえないがね。
とはいえあの二人が黙ってここから逃がしてくれるとは思えない。
遠坂時臣。かなり出来る様だが―――セイバーは強い」
「………ああ。初手だけならば翻弄も出来ようが、
私ではアレとは戦えまい。
出来てあちらの男、魔術師殺しを抑えるのが限界だろう。
とはいえ………。
その状態でセイバーと渡り合えるのか? アーチャー」

言葉に詰まる。気力だけならば十分だが無謀も良いところだろう。
状況は限りなく劣勢、万全の状態でも白兵戦でセイバーを上回るのは至難の業だ。
さて、どうするか。



「あーちゃー」
「あーちゃーさん」

二人の男の会話が耳に入ったのか、不安そうな顔で外套の裾を握る二人。

「………かてる?
あのきれいなサーヴァントに、かてる?」

くりくりと開いた大きな目を真っ赤にして、尋ねてくる凛。
この幼さで、生き死にの戦場を潜り抜けねばならない苦難。
その辛さを少しでも紛らわせてやらんと、アーチャーは
皮肉げないつもの笑顔で笑いかける。

「―――――――――無論だ。
勝てる、ではない。勝つ。
君は自分のサーヴァントを信じていないのかね?」
「う、ううんっ!」
「………でも、あーちゃーさん………」

そう言って、アーチャーの破壊された左腕に目を向ける桜。
その目尻に再び涙が浮かぶ。

「………うで、ひどいです………っ。
こ、こわかったですよね………っ。つらかったですよね………っ。
………ぐすっ………」
「―――どうという事は無いさ。
見た目ほど酷くは無いんだぞ? 大丈夫………心配するな」
「………あーちゃーさん………」「………あーちゃー………」

嘯くアーチャーの顔を悲しげに見つめる二人。


「………だめ。
ひとりでくるしいの、がまんしちゃ、だめ!
だめ、なんだからぁ………っ」
「ぐすっ………ひとりはつらいから………
くるしかったらわたしたちがいますから………
もっと………たよってくださいよぅ………うう………」


その大きな目に涙を浮かべて、もどかしい胸の内を伝えんと一生懸命言葉を紡ぐ。
二人の想いに困ってしまうアーチャー。
口の端に苦笑を浮かべ言葉を紡ぐ。

「………やれやれ。
ああ、確かに痛い。けれど………簡単に直るものではないんだ」
「なおせないの………? わたしじゃ、だめ?」
「………人には向き不向きがある。だから気に病むことは無い」
「あうう………あーちゃーさん………わたし………わたし………っ」
「ああもう………泣くな。
泣かれるのが一番辛いんだ。
だから………笑っていてくれ。がんばれと、送り出してくれ。
私は単純だからな。なんとそれだけで百人力がでてしまうのだ」
「うー………」「あう………」

アーチャーを困らせてしまった為か、
自分たちにできることがそれしか無いのが悲しい為か、
凛も桜も眉を悲しげに垂らしたまま傷口をじっと見つめている。


「―――わたしたちに、できること」
「―――わたしたちにしか、できないこと」


そう言って、見つめる手の甲。
顔を見合わせる二人。


「―――あった」
「―――ありました………!」
「………さくらっ、いいよね?」
「は、はいっ! そうしましょう!」

そう言うが否や。
アーチャーの手をとり、目を瞑る二人。
手の甲に刻まれた聖痕が眩い光を放ち始める。


「――――――なに? ………まさか」



―――Anfang.セット
Vertrag.令呪に告げる―――Ein neuer Nagel聖杯の規律に従い
Ein neues Gesetzこの者、我がサーヴァントに Ein neues Energie新たな力を与え給え―――!




―――ゴオオオアアンッ―――!!



輝く令呪が魔術師の命を実行する。
大魔術の結晶、サーヴァントを律する三つの令呪。
その巨大な力がアーチャーの体を満たしていく。

注がれた膨大な魔力は彼のキャパシティを振り切り、
溢れんばかりにその身を鎧う。
失われた部位は再構成され、傷ついた霊体は元に戻っていく―――。

「―――令呪………!」

力は全身に遍く行き渡り、
その感覚、能力、備えられた力の全てを完全に再現する。
これならば―――セイバーとも戦える。

「あーちゃー」
「あーちゃーさん」
「………ん?」

手を握る力を少しだけ強くして、見つめてくる小さな二人。

「わたしたち、こどもで………。
あーちゃーさんのこと、ささえてあげられるほど、つよくもなくって………」
「まじゅつしとしても、みじゅくで………できることなんて
なんにもないかもしれない………」


「……………」


「でも、それでもね。
わたしはしってるよ。
いじわるで、くちはわるいけど………ほんとはやさしくって。
たたかいよりも、かじのほうがだいすきだって、しってるよ!」
「おうたもうまくって、おせんたくもおりょうりもとくいで!
わたしたちをいっぱいしあわせにしてくれたこと………しってます!」


「……………」


「だから………―――しんじてます。
あーちゃーさんのこと、きっとだれよりも、しんじてますから………!
こわくっても、サーヴァントでも。あーちゃーさんはあーちゃーさんだって。
やさしくってたのもしい、
わたしたちのあーちゃーさんだって、しんじていますから―――」


「………ああ」


「だからマスターとして………ううん。
とおさかさんちの、りんちゃんとして、おねがいするよ。
ぜったいにかって!―――あーちゃー!
そんでもって、みんなでいっしょに………おうちにかえろう!」


「―――――――――」

―――それは。
なんと、暖かく、優しい命令なのだろうか。
ああ、そのような願いならばいくらでも叶えて見せる。

温かみを取り戻した手で二人の涙を拭う。
くすぐったそうに、幸せそうに、はにかむ笑顔の二人。
それは、欲しかったもの、守りたかったもの。
この手で守れると信じた、理想のカタチだ。


―――そう。
この手、この力は―――殺すため、傷つけるためにあるのではない。
守るため―――誰かの幸せを守るためにあるのだから。
君たちの従者、否。
家を守る、幸せを守る“家政夫”として―――受託しよう。



「―――ああ、心得た。
家に帰ろう。
皆で―――一緒にだ!」



家政夫と一緒編第二部その51。
家政夫と一緒。
守るべき者の為に、守るべき場所の為に、さあ立ち上がれ。

我が階位は弓兵アーチャーなれど、私の役割は違う。
世話は焼けるが逞しく、未来への可能性溢れる二人の子供を守る守護者。
―――家政夫。

君たちと共にあった一年の答え。
私はその場所に、戻ってきた。
最後の最後まで、君たちの家政夫である為に―――!