マスター



「――――――ハ」


セイバーがエクスカリバーを見せた。

アーチャーに対し、風王結界の不可視効果を見切られていることから
剣の覆いは意味がないと判断したのだろう。
だがそれ以上に、最強の武具を惜しげもなく晒すその行為は
セイバーがアーチャーに対し本気になった証でもある。

―――この剣を見た以上、退く事も進む事も最早許しはしない。
その断固たる想いの現れとも言っていいだろう。
それほどに、セイバーの意識は対するアーチャーを倒す事に集中していた。

油断も無く、憂いも無く、正々堂々、正面から叩き潰さんと。
黄金に輝く剣をゆっくりと……正眼に構える。

その構え、天地神明の理を表すが如く磐石。
全く隙が見出せない。なんと美しい在り方か。


―――震えが走る。
絶体絶命の時だというのに、アーチャーは目前にいる死神に対し
強い憧憬と畏怖を感じていた。

あんなにも憧れ、その姿に魅せられた相手に
全力を持って対してもらえる。
それは叶う筈の無い目標であり、一つの夢でもあった。
例え死しても満足である事だろう。
―――だが。


『クク………悪いなセイバー。
私は、取り戻してしまった。思い出してしまった。
笑顔の暖かさを理解してしまった。
だから―――』



二人の笑顔を思い浮かべる。
それだけで、もう尽きたと思われていた力が、どこからか湧いてくる。
守るものがある。
泣き顔を笑顔に変えたいと思う人がいる。
この理想にかけて、救いたい誰かがいる。

だから―――負けられないのだ。

凛と桜。
二人のマスターの為に。



莫耶を握る。絶望と対する。
踏み出す一歩に最大の勁力を籠めんと姿勢を低く低く落としていく。
その様はまるで襲い掛かる虎の如し。


オオオオ――――――。


満ちていく強大な気配。
立ち上るプレッシャーが、大気を震わせる。
二人の英雄は互いを打ち倒さんと、裂帛の気合を以って眼光をつき合わせる。

まさに竜虎相討たんとする、その刹那―――。



「………………ちゃー……………!」
「…………あ……ゃ……んっ……!」



「――――――?」

強い風の中に、微かに聞こえる声。

「――――――む?」

アーチャーから視線を外さないながらも、セイバーもその声が聞こえたのか
ほんの少しだけ眉を動かす。



迫る冬木大橋。
その、歩道。

風に負けじと必死に―――ただ必死に。
叫ぶ二人の、幼子の姿。



「あーちゃーーーーーーーーーー!!!」
「あーちゃーさぁーーーーーーん!!!」



―――バッ!


「―――――――――なっ」


小さな二つの影が、夜の空を舞う。
船が冬木大橋に達したその時。
凛と桜、二人の主人は―――歩道の手すりから跳んだ。
従者を、目指して。


「――――――――――――た」


その瞬間、相手のことも。
その先のことも。

全て吹き飛んだ。


「たわけ―――――――――!」


練りに練った全ての勁力、その全てを注ぎ込みアーチャーは跳んだ。


「――――――な」

あさっての方向へと跳んだ弓兵に虚を付かれ、慌てるセイバー。
橋から跳んだ娘たちに慌てふためく父親。
船首から出てきた灰色も何事かと目を丸くする。


誰もが見守る中―――


―――二人の幼子は、傷ついた騎士の胸におさまった。



家政夫と一緒編第二部その49。
振るう刃は誰のため?
抱く理想は何のため?
かけぬけた聖杯戦争。いくつもの戦い。

迷い、苦しみながら走り続けるいくつもの影。
その中で赤い騎士は―――暖かい灯火を見つける事が出来た。

手を伸ばせば届く場所にあった手と手が,
今ようやく―――繋がれる。