絶体絶命



「――――――」

目算する。
セイバーの剣がこちらに届くまで四―――否、二歩。

それを理解すると同時にアーチャーは地を蹴る。
先ほど施した強化魔術はまだ続いている。超人的な跳躍力で
床を蹴ったアーチャーは一度の跳躍でセイバーとは反対側、
半開きになったドアまで後退する。
だが。

―――ブオッ!

二歩。それは確かに合っていた。
こちら側のドアまで、セイバーが突進して来た事を除けば。

「――――――!」

莫耶―――は、切嗣の腕を運ぶため右腕が塞がっている今は使えない。
ならば令―――

グオッッ!!

迫るセイバーの圧力。
アーチャーは常に前に立って戦う壁であった。
故に、令呪を使って敵を止める―――その思考にほんのコンマ数秒届かない。

「――――――っ」

振るわれる風王結界。
セイバーの狙いはアーチャーの右手にもつ―――切嗣の令呪

ヒュンッ! ジュインッ!

「――――――ぐ!」

飛び散る火花、浅く切り裂かれる右手の第二関節。
このままだと続く踏み込みでアーチャーの体は両断される。

『く―――』

切嗣の腕をセイバーの眼前に放り、後方へと跳躍するアーチャー。
腕に一瞬気をとられたセイバーは、踏み込みのタイミングを失し踏みとどまる。
そのまま半開きだったドアを抜け、5Fデッキへと逃れるアーチャー。



『切嗣、これ……ういう……。早く腕の……を………!
それに…の船は一体………?』
『―――…ずれ判る。……バー、首尾は?』
『成りました。王はいずれ来…す。―――が、時間が無…。
切嗣はこ…で傷の…当てを。アーチャー……が倒…ます』




船首内から僅かに聞こえてくる会話。
どうやらセイバーはこちらに狙いを定めたらしい。

『―――く、どうする………?』

煙突ファンネルの陰に素早く隠れ、船首方向を窺うアーチャー。
魔力量、身体状況は冬木大橋での時よりも劣悪な状況である。

―――ザッ。

すぐさまに船首から出てくる白銀の騎士、セイバー。
多少消耗が見られるものの
その出で立ちは凛々しく、また強大な魔力を感じさせる。

『消耗、か。どこかで一戦闘交えてきた後なのか』

アーチャーは思案する。
左手を破壊されている状況では弓も撃てない。
かといって今の身体状況のままセイバーに白兵戦を挑むのは
あまりにも無謀である。
そうなると逃げの一手しか選択肢がなくなるが、
楽に逃がしてもらえるかどうか。
一度取り逃がしているのだ。勝負事に煩いセイバーの事、
そう簡単に逃がしてはくれないだろう。
セイバー相手に後ろを見せて無事で済むとは経験上思えない。

『正面突破。
やるしか、ないか』

その正面を抜け、活路を開く。
避けては通れない道ならば、覚悟を決めたほうが迷いは無い。

幸い、前回の戦いにおいて散々に翻弄してある。
こちらの正体が割れていない事が、こと戦いにおいてクレバーな彼女に対し
有効に働いてくれれば良いが。



「………ここだ、セイバー」

覚悟を決めたアーチャーはファンネルの影から歩いて出る。
迫る巨大な冬木大橋を上方に見据え、セイバーと対する。

「―――」

傷つき、ボロボロの姿のアーチャーを見てセイバーは僅かに眉を顰める。

「………アーチャーの、サーヴァント。
先日は、何のつもりであのような事をしたのか………理解できないが」

その表情に僅かな戸惑いを浮かべつつも、
アーチャーを睨みつける眼光の強さは変わらない。
―――これは、拙いか?

「―――ク。
さてな、ただの気まぐれという奴だ。
剣の王よ、よもや味方から撃たれるのが好みというわけではあるまい?」
「………戯言を。
何故かは判らぬが、あなたは私の正体を知っているようだ。
ならば―――」



―――ォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!



強い風が吹く。それはハリケーン発生の前兆にも似た暴風。
アーチャーは足を踏ん張り、目を凝らす。

「―――――――――っ!?」



ゴオオオオオオアアアアアッッ――――――!



無論、それは自然に発生した風ではない。
湖の乙女から与えられた精霊魔術―――風王結界。
“剣”を覆い、包み隠していた大魔術の奔流が外界へと溢れ出ているのだ。
セイバーを中心とした暴風はやがて収まっていき、
その手に現れたのは―――黄金の、剣。



「手を抜くつもりは、無い。
我が剣の錆と消えよ―――アーチャー」


星により鍛えられた神造兵装。
誰もが願い望んだ、全てを破る最強の幻想―――。


「―――約束されたエクス勝利の剣カリバー


最も美しく、輝かしい幻想の剣が―――
今アーチャーの目の前で、抜刀された。



家政夫と一緒編第二部その48。
そうして抜かれるラスト・ファンタズム。

最強の幻想はアーチャーへと突きつけられる。
その理想は、何人たりとも打ち破れぬこの幻想を、超えてゆけるのかと。