干将莫耶


ビキビキ―――。

剣を構え、前方を睨みつける。
やる事はいたってシンプル。
大好きだった人を、止める。ただそれだけ。


「行くぞ、干将莫耶―――!」


―――ギュオッ!


トイレ前ホール、ブリッジ側最後方から踏み出した第一歩。
限りなく速く、強く、真っ直ぐに。
一条の弾丸となり切嗣の下へと向かう。

気配察知で探ったとおり、切嗣はT字通路の正面―――
プライベートホール扉前で銃を構えていた。
その手に握るは―――黒く鈍い輝きを放つ、漆黒の銃身。


『――――――』


拳銃の規格を超える長大なバレル、巨大なシリンダー、
そして並外れて大きい銃口径―――。
見たことも無い銃だ。試作品か、それともオーダーメイドか。
だがその正体が何にせよ、確かな事が一つだけある。
その銃の口径は50口径弾を放つモノ。
モンスターサイズの巨大な拳銃リボルバーが扱う弾丸は、
世界最大の破壊力を持つ拳銃弾体だという事だ。

12.7mm、50口径弾―――。
立射が可能な携行火器において最大の重量を誇る弾体。
銃を媒介にして高速弾を放つ衛宮切嗣の固有時制御にとって、
重要なのは銃弾の重量。
重量が発するキネティックエナジーは先ほどの9mm弾に比べ、
およそ2.7倍を誇る。
四肢なら吹き飛び、胴ならば臓腑が弾け飛ぶ。
人間ならば当たっただけでショック死するだろう。

それは確かに恐ろしい。しかし。
敵が使う攻撃の術理、そして狙い。
その二点がわかった今、何が来ようとやる事は一つである。
―――突破、あるのみ。



elementum tempero因子 制御


前準備は全て終えていたのか。
成す魔術、その意味を含む詠唱を終える切嗣。
そうして――――――放たれる魔弾。



―――ira manifestatio神威 顕現



―――D


その瞬間。
まるで凍りついたように停止する視界。
0コンマ以下、千分の一秒の世界。知覚出来ないその風景。

トリガーが引かれるとハンマーが落ち、ファイアリングピンがプライマーを叩く。
プライマーの起爆によりガンパウダーが着火し、
カートリッジ内でガスと高温が発生する。
その圧力によって、ブレッドは前へと進みだす。
弾丸が運動エネルギーキネティックエナジーを得た、その瞬間。
―――その魔術は起動する。


―――O


銃は衛宮切嗣にとって体の延長であり、その触覚である。
この魔術を成すためだけに作られたこの魔術礼装は、彼そのものと言ってもいい。

衛宮切嗣の在り方は、根源を目指すという魔術師本来の在り方ではない。
―――ただ、一つの事を。
憧れ、抱いた、たった一つの夢を叶える為だけに在る。

正義を貫くために、絶対の力を。
誰よりも早く誰よりも鋭い、究極の一矢。それを放つ為だけにその魔術を修めた。

それが、『固有時制御』。

衛宮切嗣が成せる、ただ一つの確かな答え。
ありとあらゆる敵を殺して、救う―――その答えだ。


―――G


彼と同じように、壊れた夢を追いかける男がいた。
その男は才能に恵まれず、ただ一つの事しか成せない不器用な魔術師。
否、魔術使いだった。

男が成すただ一つの魔術―――投影魔術。
剣を知り、剣を鍛ち、剣を振るう魔術。
それは、自身を剣と成す魔術だ。


―――O


そう、自身を剣と成す―――。
その生き方をよしとしたからこそ手に取った剛剣。
ただ、剣として在る為に打たれた無骨な二振り。
それがこの―――干将莫耶である。

その扱いは自由自在。数え切れない程の戦場を共に渡ってきた
この二刀はもはや、彼自身といってもよかった。


―――O


故に。
この凍りつき静止する時間の中で、それだけは明確に感じる事が出来た。
心臓を鎧った宝剣干将が砕けてゆく―――その手応えだけは。


『――――――干将』


人間の身体は外側についている部分ほど、大きな動きが出来る構造になっている。
故に銃撃の理論は、狙うならば躱されにくい頭よりも胴体。そう教えている。
胴体の中心を狙えば身体を動かして回避することは難しい。
高速移動を行うサーヴァント相手だ。必中を期するなら胴体を狙ってくるだろう。

超音速で放たれる弾丸で衛宮切嗣が外しえない胴体を狙う以上―――
迫る弾丸を回避することは出来ない。
この攻撃を打ち破る事は出来ない。
―――故に。


アーチャーは失う事を前提に、この勝負に挑んだ。


『体は剣で出来ている』。
まるでその言葉を成すかのように禍々しく変貌したアーチャーの両腕。
それは内なる世界、固有結界の表れか。
魔術回路のオーバーフローによって現れる固有結界の暴走は
彼の体を剣へと変え、時に治療を、時に身を覆う鎧となって彼を守ってきた。
それは―――自身の血肉を犠牲にした、無銘の武具による防備。
身体を剣に変えることで自らを刃と化す―――最後の手段。
剣へと変貌した身体は愛刀を取り込み、彼の腕を干将莫耶そのものとしていた。
そう、アーチャーは身体を盾とすることで急所を鎧ったのだ。


どのようなエネルギーを持っていても所詮は拳銃弾。
物質抵抗によりエネルギーが減衰すればじきに狙いを維持できなくなる。
例え強化魔術によって物理強度を上昇させたとしても
貫く壁は数センチではない。
腕そのもの―――中心を通れば1メートル近い
鉄の壁を突破しなければならないのだ。
如何な運動エネルギーを以ってしてもそれを貫く事は不可能である。

アーチャーにとって、固有時制御は既に“必殺”ではなくなっていた。
そう、“必殺”はその名の通り、
見た瞬間に相手が死んでいるからこその必殺。
どんな必殺であろうと知ったからには対応する術は編み出せる。
彼らは人外の存在、サーヴァントなのだから。


とはいえ―――相手は摂理を超える魔術の使い手。神威の魔弾だ。
狙いが外れれば即死。
また、思惑通りに弾丸が逸れなくとも大ダメージ。
二の矢で確実に仕留められる。
この突貫は博打どころか自殺行為である。


それでもアーチャーは信じた。
培ってきた判断と、何よりも信頼する相棒の魂を。
―――干将莫耶。
夫を思う妻の命を糧として、稀代の鍛冶師干将が鍛えたと言われる刀剣。
誰かを思う、何よりも尊い想いを糧に鍛たれた魂の剣。

その道のりが、その魂が。
ただの鉛弾などに負けてたまるものか―――!



『この道が、共に駆け抜けた夢が間違いではなかったと。
その未来を、私に見せてくれ――――――干将莫耶』


―――O


暴虐的なキネティックエナジーが干将を粉砕していく。
弾丸はアーチャーの手に達し、指を破壊し、魔腕の表層近くを削っていく。

―――拙い。

腕の中心から逸れているため、運動力の減衰が緩い。
初速を失ったとはいえ弾の威力は未だ健在。逸れなければ―――即死だ。
弾丸は肘を過ぎ、二の腕を過ぎ、キネティックエナジーを徐々に消耗しながら
胴体へと近づいてくる。


『―――――――――』


そして――――――。



ォォォォンッ!!!!

轟く爆音。
凍り付いていた世界が色を取り戻す。

「―――――――――っあ!」

足は、なお前へ。
心臓は――――――動いている。
左腕を蹂躙し、肩を吹き飛ばした弾丸の形成する瞬間空洞は、
心臓の数センチ横を通過していた。


『――――――干将――――――!』


今は失われた夫婦剣、その片割れ。
黒く輝く宝剣干将は、必殺の一矢に―――打ち勝ったのだ。



家政夫と一緒編第二部その46。
苦しい旅の中を共に歩んできた最高の戦友。
信じる相棒と共に潜り抜けてきたいくつもの地獄が
彼らの見てきた理想の果て。
だが。
いま目の前に広がる未知の明日には、守れる未来があると信じている。
ならば、共に往こう、戦友。
その先に在る美しい何かを、見る為に。