Answer.:後編
―――何を、言っているのだろうか。
少年の言葉はあまりにも意外で―――
アーチャーはその意味を理解できない。
「………ぜんぶ、わかったわけじゃない。
ううん、きっとおじさんにしかわからないことなんだとおもう。
その、くるしさは。
でも、それでもおじさんは――――――
だれかを、たすけていたじゃないか」
「それ、は………」
「デパートでおじさんとわかれたあとな。
おんなのこをおぶって、かいだんをおりたんだ。
そしたらたくさんのひとが、てあてされてるとこにでた。
おんなのこのおとうさんもそこにいてな。
ずっとさがしてたらしくて……おんなのことあえて、よろこんでた。
たすかってよかったって………ないてたよ」
少年は話す。一生懸命話す。
「いっぱいのヒトが、いたんだ。
コドモも、オニーサンもオネーサンも。オカーサンもオバアチャンも、
オジイサンもオトウサンも。
………しってる?
おれのとうさんと、かあさんも、おじさんがたすけてくれたんだよ?」
その理想が、その夢が。
なにから始まろうとしているのか。
何処から走りだそうとしているのか。
「みんなみんな、かんしゃしてた。
いのちがたすかってうれしいって、よろこんでた。
シロウがブジでよかったって。よろこんでくれたよっ………?
おれ、おれ、とうさんとかあさんがブジで、すげーうれしかったんだっ!」
―――その気持ちを………伝えるために。
「みんなっ、たすけてくれたヒトにかんしゃしてたんだ。
おじさんにありがとうって、つたえたかったんだよ」
「……………っ」
「………すごいなって、おもった。おれもそんなふうになりたいって。
だいじなヒトも、だれかのシアワセも。まもれるひとになりたいって。
だってかっこいいもん! なまえもつげずに、なんのみかえりももとめずに。
だれかをたすけることだけ、かんがえて。
それって―――せいぎのみかたじゃないか」
「――――――!!」
それは、偽善なのではなかったか。
己につながらぬ、見返りを求めぬ救済など愚かで先の見えぬ、
救いようの無い行いなのではなかったか。
―――けれど、なんだろう。
この胸を暖かくする思いは。
「だから。くるしくっても―――そんなふうにいきられたら。
かっこいいよ」
「………それ、は………」
「おじさんは、くるしいのはやなの?」
「――――――」
そんな事は、どうでも良かった。
誰かが救われるならどうでも良かった。
それが、苦しい事の何倍も―――嬉しかったからだ。
「おじさんは、ないているひとがいたらほうっておくの?
くるしいから?」
―――嫌だ。
それが、それだけが……きっと。
この心に残った最後の矜持。
この手で、この意思で。
そんな事を許してたまるものか。
「おれは、いやだ。
おれは………おじさんみたいに。ないてるひとをたすけたい。
だれかのえがおをまもりたい。
みんなのシアワセでおなかいっぱいになれたら……
きっときっと、シアワセだよ」
「――――――ああ」
『そうか』
私は―――二人の。凛と桜の笑顔で気付けたから。
人を救う事で得られるはずだった、
だから―――。
目の前の少年を、殺せるわけが無い。
二人の笑顔を、忘れられるはずが無い。
この理想を、捨てられるわけが無い。
無かった。
「―――私の、負けだ」
「………へ? なんかしょうぶしてたっけ?」
「私にとっては一世一代………そんな大勝負だった」
「なんかけいひんでる?」
「たわけ」
苦笑し、少年の頭を撫でる。とてもとても柔かい、笑顔。
何日ぶりだろうか。
何を思うことも無い―――ただただ重いものを感じさせない……笑顔だった。
家政夫と一緒編第二部その41。Answer.:後編。
―――けれど、ソレは失われたわけではなかった。
どんな地獄に落ちても、どんな茨に触れても。
消えはしなかった。手放してはいなかった。
茨の中―――男は呼ばれ、振り返る。
奇跡の様に現れた優しい一年間。
与え、与えられ、歩いてきた優しい一年間。
小さな笑顔がくれたのは、希望の光。
暗い茨の道を、歩いていくための確かな灯火。
この灯火を消して、何がある?
この暖かさを失って、何がある?
―――何も、無い。
だったらこの灯火だけをもって進んでいく。
絶望しかなくても、それだけを信じて歩んでいく。
―――この理想は、間違ってはいないのだから。