理想


―――霊長の抑止力アラヤにより英雄となったものは、死後
“抑止の守護者”に組み込まれる。

誰かを救いたい。
その果てにたどり着いた場所だった。
―――けれど。



『―――――――』

熱波と混沌カオスが渦巻く、暗黒の空の下。

振るう白刃が一刀の下に兵の頚椎を両断する。
放たれる魔術を予測し、赤い何かが戦地を疾駆する。
ある者は心臓を、ある者は頚椎を、ある者は眼窩を突かれ地に伏す。
その動きの全てには全くといっていいほど無駄が無い。
最速にして最大。戦場において、死地において最も重要なのは
どれだけ早く敵の急所に手を伸ばし、物言わぬ屍に変える事が出来るか。
その一点。

―――効率よく人体を破壊し、効率よく命を奪う。
その技は。
彼が誰かを守るために・・・・・・・得てきた技術の全て。
そうさせないために学んだ、技の全て、だった。


『――――――っ………!』


そうして、街に入る。この街は生贄の釜だった。
シリアの山奥。未だ多くの神秘を隠し続ける深い深い樹海の奥で。
狂気に犯され魔術を学んだ領主が、“ソレ”に触れた。
領民の命をむさぼって。

抑止は霊長の存続の為に、滅びの因子を感知し手を下す。
そうして顕現するのが抑止の守護者カウンターガーディアン
彼らは滅ぼす。人という種を滅ぼすであろう、危険な因子を。
火種という火種を、燃料という燃料を。全て滅ぼす。
無かった事にする。その魔術の痕跡ごと、全部。

だから、街を滅ぼした。


『――――めろっ………!』


明日という日を幸せに暮らしたかった家族。
学んで遊んで、歩いていく未来を望んでいた幼い命。
走り続けて誰かを守ってきた、老いた命。

その全てを、蟻を踏み潰すように綺麗に消しさっていく。


『―――やめろっ………!』


最後の命を消した後、魔術的な痕跡を残らず破壊する。
そうして領主の館へと進んでいく。
次々に襲い掛かってくる人間達。けれどそんなものでとめられるはずが無い。
抑止の守護者は、破滅のレベルを必ず上回るように顕現する。そうした者が選ばれる。
だから、全て殺せて当然なのだ。途中で殺される事など、ありえない。
虫けらのように、命を踏み潰していく。


『―――やめろ……っ! やめろおおおおおっ!!!』


最後に領主の命を奪い、館を破壊した。
それと同時に映像が途切れ、次の映像が写しだされる。


『――――――あ…………
ぐぅっ………ぐううぅ………ぅぅ!』



今度は過去だろうか。いかめしい武者姿の若者たち。
相手が変わろうが何も変わらない。今度は重武装の敵に対する戦法に切り替え殺す。
どんどん、殺す。
今度の相手は神の召還から“ソレ”に触れたらしい。
文化、風俗を見るにペルシアあたりだろうか。
今度もまた、罪も無い人達が虐げられていた。涙を流していた。助けを求めていた。
兵士を倒した赤い誰かを救いの手と見たのだろうか。
若い母親が感謝の言葉を述べようと手を伸ばす。



ゾンッ。



『―――――――――――――――』

街の中に入っていく。やる事は同じだ。

『―――よせ。
………やめろ、やめろ、ヤメロやメろ、ヤメロオおオォォォーーーー!』


後は同じようなものだった。ソレが終わると次の映像へ。
ソレが終わると次の映像へ。ソレが終わると次の映像へ。

何度も何度も見せられた。何度も何度も救いを求める人を殺してきた。
いつだってどんな時代だって、どんな場所だって。涙を流すのは優しい人たちだった。
一生懸命生きていた人たちだった。助けて欲しいと願う人たちだった。
そんな人を救いたくて、自分は英雄なんてものになったのではなかったか?



そんな事を、千も繰り返しただろうか。
数百辺りからやっている事の意味がわからなくなっていたが、気付いたのはその辺り。
サイコロを振り続ければその結果は平均に近づいていく、その理屈と同じ。
それが、自分の全てだろう。


―――オレにヒトはスクエナイ。


次には終わる、次には終わると。ソレだけを希望にして、狂わないように
必死で耐え続けてきた。
いつか、のばされた手を取ってあげられるのだと。信じて耐えてきた。
けれど繰り返される闘争は止む事が無く、
幸せを願う人たちは足蹴にされ、虐げられる。
挙句の果てには破滅に巻き込まれ―――死に絶える。

ソレを行う自分はなんなのか?そんなものに成り果てた理想はなんなのか?

滅びを呼び寄せる愚かな人間。愚かな理想。
ソレを滅ぼす愚かな自分。愚かな理想。

―――憎い、憎かった。
その全てを憎悪した。
だから殺そうと。殺して消えようと―――願った。

―――それからは、淡々と待ち続けた。
己の知る、発端への回帰だけを待ち続けた。
聖杯戦争を。





そして。
目の前にはあどけない少年一人。
伸ばした手は首にかかる寸前。
細い首は少し力を入れただけで簡単に折ってしまえるだろう。

―――殺せる。

それは久遠の中、心に秘めた願い。
茶番劇じみた、己が存在を終わらせる為の一手。
もう、身を焼くような悲しみからも、憎悪からも、開放される。
開放されるのだ。
その為にアーチャーは聖杯戦争に赴いた。
けれど――――。



『―――何故………だ』

アーチャーの左手は、少年の首にかからない。
その手に―――殺意が篭らない。

『馬鹿な………。
何故だ。何故私は殺せない。
簡単だろう、簡単なことだろう。
首の骨を折る。それだけだ。猫を捕まえるよりも簡単。
それだけのことが―――何故出来ない』


―――ズキリ


浮かぶのは、子供たちの姿。
手を繋いで、嬉しそうにはにかむ二人の笑顔。
あどけない夢を語った、少年の笑顔。


『だからおれにできること、だれかをえがおにできること、やろうって。
―――きめたんだ』

少年は衛宮士郎とは違うのに、そんなことを言った。
そんな青臭い、理想を語った。
それが、その想いが。
衛宮士郎ではない少年から語られる、そんな夢が。


この胸を強く揺さぶるから―――。


だから、殺せないのか?


「―――私、は………」


救えないから消えてしまえば良いと。
ただ己を消し去るためだけに在った長い時。
なんでもない少年の、なんでもないただの一言。誰もが抱く―――綺麗なユメ。
そんな事に、揺さぶられる程度の目的。
その程度のモノの為に、私は生きてきたのか?

誰かを、自分を殺す事の為に。
その理想を壊すために――――――私は、生きてきたのか?




家政夫と一緒編第二部その39。
誰も救えなくて、救いを伸ばした手すら切り裂いて。
そんなものに成り果てたから、憎悪した。そんなふうにした、理想を憎悪した。
―――あれほど望み続けた自身の滅び。
だというのに………この手は少年を殺せない。
抱いた理想を、殺せない。
それは何故か。何故なのか。

―――何のために生き、走り続けてきたのか。
その答えが今、アーチャーの前にある。