赤い少年


窓から射す真っ赤な夕日が部屋を照らしだす。
時折疼く肩に眉をしかめながら、アーチャーは部屋の内装に目を走らせる。
洋館風、とでも言うのか。
華美に施された内装や調度の類は目を楽しませるが、
客室の掃除が行われていないのか。ところどころに堆く積もった
埃の山がそれを台無しにしていた。
もう客船として使われる事は無くなったのか―――
朽ち行く部屋のその様に、アーチャーは眉をしかめた。

「老朽船―――か………」



みつかっちゃいけないんだろ?との少年の提案により
彼の“秘密基地”へと案内されたアーチャー。
『私有地』のサインが張られた朽ちかけたフェンスを抜け、
その先に待っていたのは川沿いの桟橋。
古びた作業用クレーンや倉庫が立ち並ぶ静かな港に停泊していた“それ”は―――
冬木デパート爆発事件が起きたあの日、
大橋上のバスから見かけた老朽船―――だった。

「すごいだろー。これがおれのひみつきちなんだぞー!」
「………入れるのか、アレに。どうやって?」
「ほらほら、よくみてよ。あそこにとめてあるクレーン。
さきっぽがふねのよこにあたってるだろ?」
「む? ………ふむ。たしかに」
「あそこからはいるんだぞ!」

貨物搬入用のクレーンが船の側面部分に接触し、1Fデッキの
廊下部分に乗り込める隙がある。

「荒っぽい停泊だ………老朽化の原因はコレか?
しかし子供は怖いもの知らずと言うか………。
あそこに入るのはもうやめるんだ。落ちたら怪我をする」
「………うー。
で、でもこんかいはおじさんもいるし、いいよな?」
「やれやれ………。それにしても随分ボロボロだな。
まさか本当に廃船なのか?」
「わかんない。けどおれがこのふねここでみつけてから
だれにもみつかったことないし、ひとにもあったことないぞ」
「―――ふむ」

魔力の無駄使いは出来ないので構造把握こそはしていないが
魔術に関わるものの勘―――そういったものを信用する限り、
ここには魔術師の陣地特有の“違和感”は感じられない。
周囲に人の気配が無い事を確認すると、
少年を乗せアーチャーは老朽船へと侵入した。



「おまたせー」

ドアを開けて入ってきたのは大きな応急箱を抱えた赤毛の少年。
彼はこの船の中に、食料品おやつ武器おもちゃ
その他こういったサバイバルキットを隠しているらしく
秘密基地というのもあながち外れていない表現である。

「さーて、それじゃーはいてもらいましょうかねー」

少年は傷口の具合を確かめ応急処置を開始すると、
その作業から目を離すことなく言った。

「―――何のことかな?」
「おとなのくせにうそつくのかー」
「……人生には知らなくとも良い事がある。
君が大人になれば自ずと判る事もある」
「なんかきれいなこといって、けむにまこうとしてないかー?
おとながそういうじぶんにつごうのいいこというときは、
たいていろくでもないかくしごとしてるときだって、かーさんがいってた」
「………立派な母親だ」


思わず苦笑してしまうアーチャー。一本取ったのが嬉しいのか
にんまり笑う少年。
だが少年が傷口から目を離すのは一瞬で、すぐさま治療へと戻る。

『たいしたものだ』

年は凛や桜と変わらないだろう。
たしかボーイスカウトをやっているのだったか。
それでも少年の“治す”事にかける意気込みや集中力は
子供の域には無く、その熱意は間違いなく少年の技術を確かなものにしていた。
片腕だけのアーチャーよりもよほど正確な手当てである。

「……………あ」

肩口の処置に到ったとき、動き続けていた少年の手が止まる。

「………む?どうした?」
「………うん。
いいや。おれ、きかないよ」
「―――? 何故だ?」
「うんと………。
………おととしな、とうさんがくるまのじこで、すごいけがしたことがあったんだ。
よなかにびょういんからデンワがかかってきて、かあさんそれこそ
きがくるわんばかりにないて、おれ、もうどうしたらいいかわかんなくて。
だいじょうぶだよ、だいじょうぶだよ、ってはげまして
いっしょにびょういんいったんだ」
「………ああ」
「とうさん、ひどいけがらしくって。
かあさんないてばかりで、おれもどうしたらいいかわかんなくて。
なんにもできなくって………。
だから、なくばっかりだったんだ」
「……………ふむ」
「おれたち、とうさんになんにもできなかった。
けど………しゅじゅつがおわって、とうさんたすかって。
すげえうれしくってさ」

「―――そう、か………。よかったな」

少年の嬉しそうな笑顔に釣られて思わず、安堵の笑みを浮かべる。
家族がいなくなる。そんな悲しみを味あわずに済んで………良かった。
アーチャーの表情を見て少年もニッコリと笑う。

「へへ……ありがと!
で、しゅじゅつしつからでてきたおいしゃさんに
なきながらありがとうっていったんだ。そうしたら………」
「―――そう、したら?」
「よかったね、もうだいじょうぶだよ………って………。
すごいやさしいかおで……ないてくれたんだ。わらってくれたんだ」

そこまで言うと少年は鼻の頭をこすり、アーチャーを真っ直ぐ見据えて言った。


「………おじさんの、いまのえがおと。
おんなじふうにさ」


「――――――」


「おじさんにはじめてあったとき。
おじさん、おんなのこのこと、あんしんさせてあげてたよな?
そのおいしゃさんも、なくばかりだったおれのこと………わらわせてくれた。
おれ、そんなふうにだれかのことわらわせてやりたくて、
かあさんのこと、あんしんさせてやれるような、つよいおとこになりたくて」
「――――――」
「けがしたともだちのてあて、はじめてしたときな。
おれ、へたくそだったけど、ともだちは“ありがとー!”っていってくれて、
わらってくれて。
………すげー、うれしかった!
だからおれにできること、だれかをえがおにできること、やろうって。
きめたんだ!」
「―――――――――」

満面の笑顔。けれどその笑顔を少しだけ曇らせて、少年は
アーチャーの肩の傷に視線を移す。

「………そんなおじさんがこんなになってまでやってること。
―――きっと。
だれかのこと、まもってきずついてるんだろ?」
「―――――――――」
「へへ、だから………きかないよ。
そういうのってくちにだすとなんかてれくさいし………。
それに。おじさん、すげーかっこいいからさ!
ヒーローはしょうたいわからないほうがかっこいいじゃん?」

照れくさいのか鼻の頭をかきかき、笑顔を浮かべる少年。

「あ、おれいっちゃったよ………。か、かっこわるいかな?
いまいったの、ないしょにしてくれよなっ!」


夕日に照らされ、リンゴのように真っ赤に染まったほっぺた。
はにかみ、眩しいまでの、その、笑顔。


それが。
その仕草が。
その、思いが。

夕日に照らされ真っ赤に輝く少年を―――
アーチャーの中に眠っていた消去すべき対象と、初めて。
―――結びつける。



『――――――あ』



いつか。
出会うものと思っていた。
出会わなければ探し出して。


必ず―――殺すのだと。


その名は、衛宮士郎。
かつての自分。

狂った夢を追いかけて散った、馬鹿な男の事だ。



家政夫と一緒編第二部その38。
出会ってしまった二つのIF。

始まりも、出会いも違うはずなのに。
少年が語る幼い希望はあまりにも―――彼が抱いたものと似ていて。
だから気がついてしまった。
少年が一体、だれなのかを。