呪い


―――数日前。
冬木デパートでの爆発事件から数日後の事。
アーチャーは子供たちに内緒で教会へと赴いた。
聖杯戦争の開始確認と状況詳細を探るためだ。

幸い監督者である言峰璃正は親遠坂派であり、
その息子、言峰綺礼とはそこそこに友好的な関係を築けていた。
多少の精神的ダメージを覚悟すれば聖職者としても代行者としても
優秀な男であり、うまくすれば協力を頼めるかもしれないという
目論見もあった。



「ようやく気がついたのか、弓兵」

開口一番、呆れたようにそういったのは言峰綺礼その人だ。
男二人祭壇前の席に腰を掛け、互いを見るとも無く話している。

「―――そちらこそ監督者の名が聞いて呆れる。
あの様だとあそこに根を張っていた魔術師のサーヴァントは既に何人か
―――食っていたぞ」

サーヴァントによる無差別殺戮。
それは彼らが定めたルール上許されない禁忌だ。
魔術は秘されるもの。
その為にでる犠牲者は誰かに気取られるモノであってはならない。
アーチャーの調査において出た結果は
冬木デパート周辺だけでも行方不明者5名―――。
単なる行方不明事件としては地域性に偏りが大きすぎ、
事件発生の日数感覚も短く、人数も多い。
報道自体はされていないものの、事件性が強く、
調査の手が入る事は時間の問題だった。
否、既に入っていたのだろう。そうでなければここまで容易に調べられなかった。

ギリ―――。

言峰に対して宛てた言葉はアーチャー自身にも言えることだ。
正義の味方が聞いて呆れる。一刻も早く―――終わらせなければ。

「………情報提供感謝しよう。
―――で。今日はどのような用件かなサーヴァント。
胸の裡にある後悔犠牲者への懺悔か?
それとも守りきれぬだろう子供たちの保護を申し出に来たのか?」

――――――。

くく、と。
神父は口の端を皮肉気に歪め、言葉を吐く。
私が、子供たちを守れない?


「なん、だと?」
「―――ん?身に覚えがあるのかな、弓兵。
めったに会うことは無いとはいえご近所様だ。師父の娘たちと共に
おまえが街を出歩く様は度々拝見させてもらっている。
その実に滑稽な様をな」
「――――――」
「で。
どのような用件かな戦いの亡者サーヴァント
もしも後者の用件だというのならば喜んで引き受けよう。
此度の試練―――これはあまりにも過酷だ。
彼女たちは幼いからな。わざわざ進んでその手を血に汚す事はあるまい」

顔色を変える弓兵を愉しそうに眺めながら言葉を継ぐ若き神父。
その一言一言はまるで―――弓兵が漠然と抱く不安を剥き出しにする様に
―――心を切り開く。

「―――黙れ。
質問に来たのはこちらだ。神の家は惑うものを救う場所だろう。
貴様の説教を聴きに来たわけではない」
「―――これは失礼した。
そこまで低姿勢でこられて何も答えないというのは神父として失格だからな。
わかる範囲で答えよう」


そうして質問を開始するアーチャー。
判った事はいくつか。
既に戦闘は開始されており七人のマスター、
7騎のサーヴァントはそろっているという事。
アインツベルンから聖杯の寄り代を確認していないという事。
既にサーヴァント同士の戦闘痕が確認され、脱落者が発生している可能性が高い
―――という事だった。


「―――予想以上に答えてくれたものだな。
どんな風の吹き回しだ?」

有益な情報を期待していなかったアーチャーにとって想像以上の収穫であった。
特に聖杯の在り処。
それは―――アインツベルンのマスターが聖杯を保有している
可能性が高いという事を示唆している。
先にソレを押さえれば攻めにも守りにも使えるだろう。

「―――さて。
その代わりといっては何だが最後に一つ。呪いプレゼントをもっていけ」
「―――何?」

愉しそうに笑う神父の笑顔に危険なものを感じたアーチャーは
眉根を寄せて神父を睨む。
その剣呑な視線に神父は肩をすくめて苦笑する。

「どうやら今回、おまえに機会を奪われたらしい。
おかげで私はただの傍観者だ。この程度は享受して然るべきだろうよ」
「―――――?
………で、なんだ」

神父から得たものが有益な情報であったことには違いない。
憮然とする赤い長躯を満足気に眺め、神父は微笑みひとつ弓兵の目を見ていった。


「おまえは、この戦いにおいて必ず。
お前が守ろうとする物に傷を与えるだろう。
―――それも深い深い……傷をな」


「……………なに?」

唖然とする弓兵に神父は悠然とした笑いを持って答える。

「弓兵。オマエは“英霊”として存在するが故に聖杯に呼ばれた。
何故英雄になったか、何を成し英雄となったのか。
私には知りえない事だ。
――――ただ。ひとつだけ確かなことがある」



「英雄とは――――」

―――ああ、神父の言わんとする事は。
後悔の中、回想にふける今の弓兵には痛いほどわかる。

「平穏の中には決して生まれることはない存在だ。
殺しても殺しても尚。
自身の理想に忠実で、裏切らなかった者こそがたどり着く領域だ」

暗い瞳が、どんなに鋭い矢よりもなお鋭く、弓兵を射る。

「弓兵。
おまえが求める、あの二人の心と平穏を守ろうとするやり方は」

―――誰かを選ぶやり方は。

「オマエが成してきたやり方では―――決してあるまい。
手を血に染めてきた人間がとることの出来る方法論などタカが知れている」

そうして―――苦笑する。

「―――さて弓兵、選べるか?
その時がきて。
子供たちの幼い心を壊しても、自身の理想を貫くその手を血で汚すという選択肢を」




「――――――」

殺して殺して殺して、屍の上に築いてきた平和が自分の成した、たどり着いた結果。
この手が成せるのは殺すことによって守る、血に汚れた方法論。

それが、彼の目指した正義の味方偽善
誰よりも早く、誰よりも効率的に。
戦いを収める絶対的な集団の救済者であり、個人の敵対者だ。

その在り方を、彼女たちに見せることは―――――。

あの幼い笑顔に。
優しい微笑みに。

どれだけの傷を、つけるのか。



「彼女たちに一度も“その瞬間”を見せない事が可能かな」
「…………………………」

無理だろう。
このやり方を、貫き通す限り。
敵を倒して、誰かを殺して勝利をつかむ、そのやり方の限りでは。

「………く」

神父は答えることの出来ない弓兵に冷笑を浴びせ席を立つ。

「それを選んだ時に、あどけないあの笑顔が―――
悲しみで彩られないよう。
消された命が惑わぬように。
主に祈り、待つとしよう」



ああ、神父。
オマエの予言は成ったよ。
硬い硬い、一本の剣などと己を定め、人殺しとして生きてきた男は―――。
最悪の選択をした。

殺せず、傷つけ。
そしていま大切な人を残して滅びようとしている。


『たいした、呪いだ―――』



家政夫と一緒編第二部その36。
人の心を切開する事を得意とする神父は若くしてなお、
弓兵の歪さを指摘する。
機会を失った者が機会を得た者を糾弾するかのような
その問いかけは、戦うよりもなお深く弓兵の心を抉る。

心の裡にはいつもあった、自己への問いかけ。
―――その日から。
弓兵の中で大きくなっていった呪いの言葉は
三人の心を引き離し、今もなお彼を苦しめ続ける。