手の内


冬木大橋まで残り700メートル。
走る車上で火花を散らす二つの影。アーチャーとセイバーである。

ギャインッ!!

魔力爆発の跳躍法により十数メートルの間合いを
一気に詰められたアーチャーは、そのままセイバーとの戦闘に突入する。
一合、二合。ぶつかり合う鋼。
風王結界による不可視の一撃を干将一本で受け続ける。

「はああああ―――!」
「おおおおお―――!」

唐竹、斬上げ、逆風。
超スピードで振るわれるセイバーの剣は竜巻の如く唸りを上げ
手負いのアーチャーの領域を深く犯すが、捉えるのは皮一枚のみ。
その一撃一撃は必殺に届かない。


セイバーの繰り出す一撃はいわば刀剣による“弾丸発射”だ。
振り降ろすと同時に行われる魔力爆発は
ただ振るよりも強烈な加速と衝撃を剣に与え、目標に当たったと同時に
膨大なキネティックエナジーを撒き散らす。
刀ならまともに受ければ曲がり、剣ならばその衝撃で持ち腕を苛む。

量よりも質。その一撃は必殺の砲弾。
鉄の鎧ごと相手を打ち砕く戦場を潜り抜けてきた彼女だからこそ得た
一撃必殺の技。それがセイバーの戦法である。

だが―――。
それだけでは弾丸すら見切るサーヴァント同士の戦いでは必殺にはなりえない。
速さゆえに単純、破壊力ゆえに読み易く、その弱点を覆い隠すための
文字通り『鞘』となるのが―――不可視の宝具“風王結界”なのだ。
太刀筋が見えない。接近戦においてこれ以上に恐ろしいものはない。
圧倒的な破壊力とスピードに加え、見えない剣筋。
それがセイバーの白兵戦能力を化物じみたものに変えている。

しかし。
アーチャーにとって風王結界は戦闘のマイナスファクターにはなり得ない。
その剣エクスカリバーは彼にとって最も知り尽くした武器の一つ。
長さ、形、重さ。使用者の戦闘領域、運用法。
その全てを知り尽くしている。
故にこの静止した戦闘状況下で彼がセイバーに遅れを取ることはありえない。
身体能力の差をもってなお上回る戦況運用技術―――心眼。
運動能力に頼らぬ膠着状況に持ち込めば彼の土俵である。
片腕たりとて簡単に一本を取らせはしない。



「――――――っ!」

ザザッ―――!

左手一本。まるで手の内を知り尽くしたかのような
アーチャーの防御剣技に間合いを開けるセイバー。
その顔には疑念と―――焦り。


『―――?
何を焦っている?
………らしくない―――らしくないが。
利用しない手はない』


「どうしたセイバー。
ク………。
自慢の宝具が役立たずで困っているのかね?」
「―――っ。
どういう事だ?貴方と私はこれが初手合わせのハズ」
「さて―――我は弓兵のサーヴァント。
得意は接近戦より偵察と狙撃でな。
御身の戦い・・・・・、何処かで見ていたのかも知れんぞ?
―――セイバー」
「―――!?」

その一言にセイバーの表情が硬いものに変わる。
疑惑と焦燥。相手が己の何を知っているのか。その疑念。
それは確実に剣技に表れる。


「―――ならば。
知りえたモノを上回るのみ―――」


『―――ク』
クレバーに見えて勝負事には熱くなるセイバー。
案の定乗ってきた!

防御において相手の手の内を知り尽くしているアーチャーではあるが
腕一本、剣一つで機関砲以上の威力を持つ一撃に
そう長く耐えられるわけもない。
元よりアーチャーは消耗戦よりも勝負を決めに来るこの瞬間を望んでいた。

セイバーの剣は一撃必殺。
その力を最大に発揮する、瞬間を。


ブオン―――ギイインッ!!

打ち鳴らされる刃金。
干将を砕きに来るその一撃を待ってましたとばかりに迎撃する。

初手。衝撃を逃がす柔らかい歩法により受けた剣を左へと流す。

「―――むっ」

受け流した剣の勢いそのままに、セイバーはわずかに左側方へと体勢を崩す。
だが流れた体を右足を踏ん張る事で強引に引き戻したセイバーは、
振り向きざまに一撃、干将ごとアーチャーの体を砕きにかかる。

「―――!」

だが、そこにアーチャーの姿は無い。
捉えたのは聖骸布のみだ。引きちぎれた赤い布は闇の中へ消えていく。
消え去ったアーチャーの体。無論消えたわけではない。
セイバーの死角へと回り込んだのだ。



ブオッ!

「―――っ?!」

―――ガコオンッ!!!

一閃―――!
臍を中心に独楽のように回り、車の荷台に叩きつけられるセイバーの体。



―――行われたのは単純な交差法。
右腕二の腕での背甲に対する突進力助長と、軸足への足払い。
弾丸の如き速度で剣を振るセイバーの突進力―――
それを利用し、流した・・・
セイバー自身が生み出した突進エネルギーの全てが瞬間、
彼女自身を襲う刃と化したのだ。これはかわせない。

得意の超接近戦と、恐るべき動体視力が可能とした実戦合気―――
軍隊格闘術の一種だ。伊達に戦場で長く過ごして来た訳ではない。

「―――ふっ!」

作った隙は逃さない。
倒れたセイバーの後頭部にノンタイム、強烈な踏み付けを行う。

―――ゴワンッッッ!

衝撃にゆれ、拉げ歪む荷台。めり込むセイバーの体。
だが―――はずされた。
咄嗟に寝返りを打ち、右手甲で頭を庇ったのだ。なんと恐るべき防御本能か。

それでも、これは大きな隙だった。
今こそ逃亡のチャンス―――!



残り300メートル。
コンマ数秒の迷いも無く、トラックの荷台を蹴って近くの車へと跳ぶ。
大橋までたどり着ければ川に飛び込み逃走できる。
この暗闇だ。そうなれば追跡はしてこられまい。
―――だが。

「―――チッ」

後方に走らせた目線が捉えたのは、荷台より立ち上がるセイバーの姿。
もう回復したらしい。

ホラー映画の敵然としたしぶとさに呆れるアーチャー。
自分が彼女のマスターだったときはあそこまでの化物ではなかった。
つくづく自分は出来の悪いマスターだったらしいと思わず苦笑してしまう。

残り200メートル。もう脇目も振らない。
ただただ先を急ぐアーチャー。だがその背中にぞわりと忍び寄る悪寒。

「―――な―――」

その悪寒を放置できず、足を止め振り返るアーチャー。

そこにあるのは暴力。
セイバーという災害が生み出す猛威。
―――風。死の風だった。


―――ゴオオオオオオオオオオオオオオッ!!


「風王結界―――最大解放」




家政夫と一緒編第二部その34。
基本能力、接近戦闘力、攻撃能力。
その全てにおいて大きな隔たりのある両者。
彼女の手の内は知り尽くしているとはいえ
宝具を使った近接戦闘のエキスパートであるセイバーに対すれば
不利は明確だった。
小手先の技は通じても、止めまでは到れない。
彼は弓兵。その必殺はあくまでも戦術の上にあるのだから。

故に素早く逃走に移ったアーチャーだったが………。