剣の王



夜半。
ビルの山を疾走する影ひとつ。アーチャーである。


遠坂邸を出たアーチャーは
アサシンのサーヴァントが根城にしていた山中を一通り偵察して回った。

だが、罠の数々は既に消滅しており、
彼らがそこにいないことが確認出来ただけだった。
切り札を失い、守りに入ったのか。
サーヴァントが満足に戦えない以上、マスターも彼に無茶をさせるわけにはいかない。


聖杯戦争上、魔術師がサーヴァントを保持しなければならない理由は二つ。

ひとつは聖杯戦争の最終的な勝利条件である聖杯を手に入れるため。
冬木の聖杯は、聖杯という“殻”に“霊体としての聖杯”を降霊させる儀式だ。
霊体には霊体しか触れられない。その為にサーヴァントが必要になる。

ふたつめはマスター自身の自衛のため。
七人の魔術師はそれぞれ人外の力を持つサーヴァントを保有する。
彼らから最後まで身を守り通すためにこそサーヴァントの力が必要だ。

上記の二点の為にマスターもまたサーヴァントを守らねばならない。
強力な再生能力を持たない弱ったアサシンを抱えているとすれば
おいそれと他のサーヴァントと遭遇するわけにはいかない。
故に簡単には見つからないような場所に隠れたのだろう。



手がかりがない状態で彼らだけを追い続けるのはあまりにも不毛。
少なくとも、あと4人のサーヴァントを相手にしなくてはならないのだ。
彼の捜索はひとまず置いておき、アーチャーは自分にとって有利な攻撃拠点、
偵察ポイントを確保する事にした。
向かうは大橋の前に聳える白い鉄塔、冬木ポートサイドビル―――。


―――大橋、冬木大橋。
未遠川にかかるその巨大なアーチは二つの街を繋ぐ導線―――
唯一の移動手段である。
連絡船があるといえばあったのだが、冬木大橋が完成した後その需要を狭め、
今では遊覧船が川の上を周遊する程度。
故に。
聖杯戦争において、この位置を押さえることは敵を捕捉するにしろ攻撃するにしろ
かなりのアドバンテージを得る事に繋がる。

とはいえ冬木大橋は冬木市内において最大クラスの高度を持つオブジェクトだ。
アーチ部分の最大高度は水面からの高さ50メートルを超え、
その位置を狙い打てるポイントといえば
現在の冬木市内ではいくつかに絞られてしまう。
深山側に一点、新都側に二点。
そのうち、アーチャーが選んだのは深山側―――
パーク前に広がる企業街の一角、冬木ポートサイドビル。

近代化の進む冬木市は数年後に控えた駅舎の建設に先駆け、
いくつかの企業ビルの改修、着工が始まっている。
冬木大橋も冬木再開発計画の一つで、
その周辺にはこの景観を利用しない手は無いと
いくつかの娯楽施設や企業ビルの建設、竣工が行われた。
冬木ポートサイドビルは15階建て、52メートルのビルディングで、
現在深山側で竣工した企業ビルの中では最大の高さを誇る。

ここならば大橋の歩道や道路を狙うには十分な俯角が得られる上に、
アーチを狙うにも水平に近い高度での射撃が可能だ。
距離も大橋から800メートルと、まずまずの距離になっている。
攻めるに到ってまさに最高の場所取りと言えるだろう。



ビルを、屋根を、日が落ち暗闇に包まれた空を、アーチャーは跳ぶ。
猟場を目指し直走る。

―――だが。
目指す場所へと急ぐ足は、目的地―――
その一つ前のビルの屋上で、唐突に止まってしまう。
その瞳を驚愕に見開かせて。


月華のなか、巨大なシルエットを浮かび上がらせるポートサイドビル。
建設中のビルの鉄骨が卒塔婆のように立ち並ぶ中、
唯一完成された四角いシルエットはまるで墓石のように見え―――
アーチャーはそこに、失ったものの姿を、見た。

それは亡霊―――夢破れたもの。

英霊は誰しも、非業の中、または失意の中、その生涯を終える。
死に際して未練の無い者などいない。
故に死後、ただの力と化しても人の意思は人の形にとどまり続ける。
それが霊体。思念を持つ魂の寄代だ。

「―――――――――な」

彼らはサーヴァント亡霊
自らの願いを、思いを叶えるために聖杯などというものに惹かれ、やってくる存在。

―――ああ、ならば。
ここで彼女に出会うのも、必然だったのか。

ポートサイドビルの鉄塔の上。
風に吹かれ髪を揺らす見目麗しい白銀の騎士。

誰よりも超然と。
誰よりも泰然と。

ゆるぎなき意思を秘めた碧の瞳が、足を止めた弓兵を射る。


「―――問おう、サーヴァント」


凛とした声。
懐かしさと、憧憬と、親愛と。
様々なものが一緒くたに彼の中の何かを揺さぶる。


「これより先は死地。
それでも―――欲する願いが為に、その身を鋼に貫かれても。
進む覚悟はあるか」


「――――――は」

思わず、笑ってしまう。
何処までも真っ直ぐな、何処までも変わらない―――その在り方に。


馬鹿だな、セイバー。
ここは戦場。そして、俺たちはサーヴァント。
ならば、やる事は決まっているじゃないか。



「律儀にすまないな、セイバーのサーヴァント。
我らは剣。最も忠実なる従者。
ならば、己が主の為に死地に踏み入るのは―――当然のことだろう?」


その答えを聞くとセイバーは、少しだけ微笑んだ後、
自嘲気味に口元を歪め、言った。


「ならば我らに言葉は不要―――。
来るがいいサーヴァント。その夢も希望も。
切り捨てて私は往く」


奔る風王結界。
構えられる陰陽剣。

譲れない思いを賭け、ビルの谷間に分かたれた二人の意思は―――。


ギイインッ!!!


刃金の咬合と共に、空中で激突する―――!



家政夫と一緒編第二部その32。
運命の日。
あの日、誰よりも鮮烈にこの心を貫き、奪っていった誰か。
忘れない。
例え地獄の底に落ちたとしても。

それは何よりも光り輝く星。
―――セイバー、君の姿。