Interlude3-4:二つの手・前編


そうして、どのくらいの時間が流れたのか。
気がつくとお部屋は真っ暗。もう真夜中だ。

「―――ねぇ、ねえさん?」

そんな暗い部屋の中。
窓際の丸テーブルのほうから桜の声が聞こえる。
私はうつ伏せたままに小さく返事を返す。

「……なあに?」
「わたしがピーマンおいしくたべられるようになったのって
………しってます?」
「………え?」

上半身を起こして振り向く。
そこには、なんとなく得意そうな顔の桜が………微笑んでた。

「ピーマンって、たてにほそぎりしてよくいためるとあんまりにがくなくって
すこしあまいんですよ?チンジャオロースとかそうですよね」
「………へー。え?じゃあ……あたしのおさらにでるピーマンにがいのなんで?」
「くすくす………もしかしたらあーちゃーさんがいじわるしてたのかもしれません」
「え………。ちょっとまって、さくらもだいどころにたってるでしょ?」
「だってわたしのぶんあーちゃーさんにおねがいしてじぶんでやってますもん」
「え、ええーーーーー!?わ、わたしのもやってよ!」
「“りんがきづくまでほうっておきたまえよ。
げんじょうをかえようとどりょくするもののうえに
けっかはまいおりるべきだからな”とかなんとか。
えへへ、ほめられちゃいましたよ?」

そう言って悪戯っぽく舌を出す桜。
………時たま意地が悪いのよね、桜。私に恨みでもあるのかしら。

「………あのね、ねえさん」
「なによー。ぶーぶー」
「わたしたち、どれくらいあいてのことしらなくて………
どれくらい、むねのなかのことば、つたえられてないのかな………」
「………え?」

そう言って寂しそうな顔をする。
桜………?

「さっきね………おとうさんにてをつないでもらったんですよ」
「あ………うん。そういえばそうね」
「ねーさん、わたしね……」


「おとうさんにてをつないでもらうの……はじめてだったんですよ」


「―――え?」
「あったかくって、おおきくて。すこしだけごつごつしてる……すてきなてでした」

そういうと桜は……ちっちゃな左手を大事そうに胸の中に抱える。

「わたしね。いつもいつもないてばっかりで、わずらわしいこだから………
おとうさんはてもつないでくれないし、あたまもなでてくれないし、
はなしかけてもくれないのかなって………おもってました」
「………なっ………!
そんなわけっ………!」
「でもね………。
さっきつないでくれたおとうさんのては、そんなふうにおもってた
わたしのきもちなんでどっかにやっちゃうくらい………
すごくすごくやさしくて、たいせつに、つつんでくれて………。
だからうれしくて、わたし、すこしだけつよくにぎってみたんです。
そうしたら………、そうしたらね……っ」

桜の目が、涙で潤む。
いままで溜め込んでいた伝わらない思いを表に出すかのように、
ぽろぽろと涙をこぼす。

「お、おとうさんも………ぎゅって。にぎりかえして……くれ……ました。
わたしうれしくて、なんどもなんども、ぎゅっ、ぎゅって………。
そうしたらおとうさんもね、ぎゅっ、ぎゅって……」

胸に抱えたてのひらを、
そこに残った温もりを離すまいとするかのように、強く抱きしめる。

「わたし、わたし………うれしくてっ……なんで、わたしのこと、むししたり
はなしてくれないのかなんて……もうどうでも、よく……なってっ……!」
「さ………さくら………」
「いいたいことっ………いっぱいあったんです……っ!
ききたいことっ……いっぱい、いっぱい………!
ほんとはね、おとうさんと、いっぱいおはなししたかったの………!
だから、だから………ねーさん、だからね………」

―――あ………。
私は………桜を無理やり………連れてきてしまった。

「さ、さくら………ごめん………。
わたし………」
「ち、ちがいますっ……!そ、そうじゃ……ないんですっ」

そういうと慌てて首を振って、伏せた瞳を上げて私に据える。

いつもは誰かを頼って泣くだけだった涙を湛えるその瞳は―――
強い何かを信じてる、その思いで……輝いてた。



家政夫と一緒編第二部その29。Interlude3-4。
どれだけ思っても叶わない事はある。
どれだけ信じても叶わない事はある。
けれど、その想いの全ては……本当に誰かに伝わったのか。

自らの願いは、思いは。
伝えたい人に伝わったのか。

救いはすぐそこに。
叶うか叶わないか、心の救いは結果だけが生むものではない。
歩き続けていくその道に灯火希望があるのなら。
人は何処までも、歩いていける。