Interlude3-3:背中


父さんは立ち上がると、私たちの手をとって歩き出す。

優雅で、非の打ち所の無い紳士の父さん。
子供の扱いこそ下手だけど普段の立ち振る舞いはもう死ぬほどかっこよくて、
私たちの手を引いて歩く横顔は、さっきの弱さなんて
微塵も感じさせない―――ステキな横顔だった。

ああ、ずっと守られてきた。
この人に守られてきた。
決して優しい父親なんかじゃなかったけど、
私たちのことを思ってくれる気持ちは本物だ。
その気持ちが嬉しくて幸せで―――だから、父さんが旅に出てもがんばれた。

聖杯戦争。
遠坂の悲願であるその戦いの勝利は父さんの夢なんだと思う。
それ以上なんかなくてその為に生きていて、それは魔術師として当たり前のもの。
夢のために全てを投げ打つ。それが魔術師のあり方だ。
―――だというのに。
父さんは本当に良い父親で、本気で私たちのために生きてくれようとした。
だから旅に出た。
死ぬかもしれないその戦いで、確実に勝利する備えを得るために。

その果てに今、ここにいる。
私たちが戦う必要は無いと、この責務を肩代わりしようとしている。

私たちを守ろうとする父さんの背中は………誰かに似ていて。

このままじゃ駄目だって。そう思った。



「あの………とうさん」
「なんだ、凛」
「………あーちゃーは………そとに、いた?
とうさん、あーちゃーは………」
「―――アーチャー。
おまえたちが呼び出した弓兵のサーヴァントだな。
家に着いたとき去った気配はソレか………」

あ………いた!
さっきまで、ここにいたんだ!

「ふむ―――
凛、令呪は残りいくつだ」
「え?………えと………あと2かい」
「―――余裕は無いか。無駄使いはできんな。
凛、それは大切に使え。
ソレを全て失う事はマスター資格を失う事と同時に………
サーヴァントがマスターに牙をむく事をも意味する」
「―――え?」

アーチャーが、牙をむく?

「サーヴァントは聖杯の願いに惹かれて現界する存在だ。
その力は強大にして暴虐。彼らは願いを叶えるため、この戦争に勝つために
主人を選ぶ意思がある。
ゆえに力の無い者を見限るべく、令呪を使わせようとする。
―――それは生命線だ。
おまえたちにはこの戦いを生き残るための経験があまりに足りない。
その令呪を失ったとき、アーチャーのサーヴァントはおまえたちを殺すかもしれない」



振り向くこともなく語られる父さんの言葉が、呆然とする私の耳を打つ。

アーチャーが、私たちを、殺す?

血に塗れて、真っ赤な後姿。
誰かを殺し、殺されるもの。
その気配は、その存在は、とてもとても怖くて………。
あの夜に見つけたアーチャーは一緒にいた時とは別人みたいだった。

だけど―――それでも。



「ううん。
あーちゃーは、そんなことしない」
「――――――」
「ぜったいに、そんなことはしないよ」
「……………」


父さんは頑なに言い張る私の言葉を訝り、足を止める。

これだけは―――譲れない。


「しない。しないんだもん。ぜったいに、しない」
「……………」
「ずっと………まもってくれたんだもん!」
「……………。
―――それが。
彼のやり口だとしてもか?」
「――――――!!」


その一言には―――カッときた。

ひとつはそんな事を言う父さんに。
もうひとつは―――私自身に対して。

それは、その気持ちは。
アーチャーを信じる気持ちは。
私が私である限り、絶対に守らなきゃいけないこと―――だったんだ。
―――だから。

「しないんだもんっ!!!!」

繋いだ手を振り払い、大声で怒鳴る。呆気にとられた父さんの隙をついて
反対側にいた桜の手をとる。

「あっ………」

一瞬、私と父さんを見比べた桜だけど、目を瞑って唇をかみ締めると
私のほうへついてきた。
そうして、私たちは階段を駆け上がる。


「――――――」


目を丸くする父さんを放って部屋に飛び込むと、難しい顔の桜をそのままに
一直線にベッドに飛び込んだ。

「……………」

右手の甲にある令呪をみつめる。
アーチャーは生きてる。いまも、きっとがんばってる。

その気配が感じ取れないのは………きっと。
自分がいる事で私たちが怖がるからって………思っているからだ………。

皮肉屋で、無遠慮で。小言ばかりで、いじめっこだけど……。
アーチャーは優しい。すごくすごく、優しいんだ。
そんなの判ってた。全部判ってた。
―――なのに。


「……………う……………」

私のせいだ。
私が、子供だったから。
私が、臆病だったから。

私が、強い自分を―――
この道魔術師を歩くんだってその気持ちを―――
見失っちゃったから。

だから………私は。
私たちを寂しさから救ってくれた大事な人を―――いっぱい傷つけてしまった。


私は私のままに、私らしく生きてきた。
そうすることに疑問なんて持たなかった。
なんにでも力いっぱいぶつかって、楽しんできた。
それが楽しくて、綺麗で、幸せな事だから。
美しい、宝物だったから。

なのに………一番大切な宝物を、私は……。
自分の手で、傷つけちゃったんだ……。



家政夫と一緒編第二部その28。Interlude3-3。
幸せも楽しさも、自分らしく誇れるあり方を貫いてきた遠坂凛。
だからこそ。
初めて味わった挫折に、どうしていいかわからない。

魔術師になるという夢とその覚悟を見失ったこと。
その道を、怖いと感じてしまったこと。
そして―――大切な人を傷つけてしまったこと。