Interlude3-1:足りない


「…………………………」


窓の外は一面、泣き虫雨雲。
ようやく去ったと思った雨雲は、翌日には新しい曇雲を呼んできて
まん丸お日様を覆い隠す。
秋だって言うのに雨ばっかり降って、こんなのおかしいよ。

窓際に椅子を置いて、私はずっとずっとお外を見てる。
あの夜からずっと、お外を見てる。

アーチャーは、おうちに帰ってこなかった。
体の中にある魔術回路を探ってみても、もうアーチャーとの繋がりが感じられない。
一年前から、ずっとずっと私たちとつながってた流れが、感じられない。

雨の日だって風の日だって。
地震があって怖かった日も。
ぽかぽか陽気の幸せな日も。

ずっとずっと一緒にいてくれた、大きな気配が、感じられない。

「……………あーちゃー……………」

雨にぬれてないかな。
風邪引いてないかな。
お腹すいてないかな。
一人で―――寂しくないかな。

「……………あーちゃー……………っ」



聖杯戦争。
アーチャーははじめに言っていた。
自分は聖杯の魔力で呼び出されたサーヴァントだと。
冬木の地で200年前から続けられてきた奇跡に到る儀式。
七騎のサーヴァントと、七人のマスターが織り成す魔術師同士の戦い。
私は、その戦いに勝つためにずっとずっと父さんと一緒に勉強してきた。
始まったんだ。目指していた、それが。
アーチャーはその為に………私たちのために戦って。傷ついて。
そんなアーチャーを、私は―――。


ギィ………


「ねーさん……わ、さむいです」

ドアの開く音に視線を走らせると、そこにはカーディガンを持った桜。
困った顔でゆっくりと歩み寄ってくる。

「まどあけっぱなしで……もー。
ほら………これきて。はなみずもでてますよ?」
「うにゅ……」

手に持ったカーディガンを私にはおらせ、ハンカチで鼻を拭ってくれる桜。
う―――。みっともないなぁ、私。
なんだか、なんだか。
全然私らしくないや。

「はは………ごめんねさくら、しんぱいかけて………」
「………ううん。
………きっと、いちばんつらいの………ねーさんだとおもうから………」
「………え?」

辛いのが、私?

「ねーさんわたしに……
”せいはいせんそうがはじまっちゃったから、
おうちのなかで、おとなしくしていなさい”って。
”だいりとうしゅのわたしが、きっとさくらをまもるから。
だからじっとしていなさい”って」
「………………」
「でも……ほんとは………ねーさん」
「………つらくない」
「………え?」
「それだけ………よ。
つらくなんかないわ。
そとにでたら、ころされるのはじじつ。
わたしたちはおうちにいるのがいちばんあんぜんなの。
ここならとおさかのけっかいをつかえるからすこしはたたかえる」
「……………」
「だから………つらくないし。あたりまえのことだし。
さくらはきにやまなくていーの。
だいじょうぶ。だいじょうぶだから。
あーちゃーがいなくても………わたしが、まもるから………」
「ね、ねーさん………」


震える手で、泣き出しそうな桜の頭をなでる。

そう、事実は事実だ。
私は、魔術師として未熟だ。
小さい体、使える魔術の量、貯蓄、保有礼装の数、戦闘経験。
全然足りない。全く足りない。

こんなんじゃ……殺されちゃうだけだ。
だから、出ない。ここでじっとしてる。
それだけだ。


「ねーさん………ねー、さぁん……」

何が悲しいのか、桜はしゃっくりあげて泣き出す。
だから私も一生懸命桜の頭をなでる。
怖くない、怖くないって。

そうだ、怖くない。
怖くなんて、無いんだから―――。



ガチャッ―――



その時。
玄関の、開く音。

「―――え?」

敵?
でも結界突破の反応はなかった。だいたい玄関から入ってくる理由がわからない。
正規の解除呪文を使わないと正門に反応せずに玄関まで来るのは不可能。
だとすると―――解除呪文を知っている人。

「あ……………」

………アーチャー?
アーチャー、アーチャー、アーチャー!
帰ってきて、くれたの?

―――嬉しい。
とてもとても嬉しい。
そのはず………なのに。
体が、動かない。

なんで、なんで?なんで動かないの?
どうして―――。


「ねーさん!」

桜の声にハッとなる。

ギシギシギシ

玄関から入ってきた誰かは階段を登ってくる。
―――敵、じゃないなんて確証がどこにある?
思い至った可能性に慌てて机の上の宝石入れを引っつかみ
攻撃用の魔弾をチョイスする。

「さくら!ベッドのしたにかくれてなさい!」

どたばたと迎撃準備をとる私たち。
桜が隠れるベッドを背にして私は部屋の入り口を睨んだ。

「う、うううううううううううう」

打てない。アーチャーだったら打てない。
でも敵だったら。どうしようどうしようどうしよう。
手に持った宝石を強く握り締める。

でも敵だったら―――敵だったら。


私は、撃てるの?


「あ」

そうか、私は―――。

ガチャッ

開くドア。
戦意を無くした私は開いていくドアを呆然と眺める。

そこに立っていたのは―――。



家政夫と一緒編第二部その26。Interlude3-1。
アーチャーのいない遠坂邸。