エミヤ


ガチガチガチ―――


時間が止まる。
空気が凍る。


『―――凛。さく……ら?』


ガチガチガチ―――


悲鳴を上げる体を《心を》鞭打って、アーチャーは見る。
窪地の上を、見る。
そこには、
傷つけるわけには行かないと、
心を守りたいと、
幸せに笑っていてほしいと。

大切なものを自分に思い出させてくれた、幼い二人が―――

恐怖に震える目で、自分を見下ろしていた。


「―――あ」

「………あっ……!」

びくっと震える二人の肩。
その目が、何を言わずとも、語っている。

目の前にいる怖い人は、誰なんだ、と。


―――ザッ。


足を踏み出す、手を伸ばす。
ああ、私はまた……こんな気持ちで、手を伸ばすのか。


アーチャーが近づくたび、二人は震えを大きくする。
目に浮かんだ恐怖の色を、より大きくして。


壊れてゆく、守りたいと思ったものが。
いつもいつもいつもいつもいつも。
そんなことばかりで、守るはずの手は壊す一方で。
今度は絶対に守り抜くのだと、あれほど誓ったのに。

―――また私は、守れないのか?

その思いを否定してほしくて、アーチャーはもう一歩、踏み出す。



「―――や、やあああっ!」


凛はアーチャーのその動きに怯え絶叫し、
桜の手をとり一目散に駆け出していく。
大事な人を守ろうと血を流し作った誰かの足跡を辿り、家に帰ってゆく。

「あっ、ねーさんっ」

手を引かれながらも取り残されたアーチャーに目を向ける桜。
だが姉に強く握り締められた手はそうすることを許さず、駆けることを強いていた。
遠く消えていく姉妹の姿。
伸ばした手を下ろすアーチャー。



そしてエミヤは、いつものようにひとりぼっちになりました。



「――――――ハ、はははははは………ハ」

―――ああ。こんな当たり前のことになぜ気がつかなかった。
こんな血にまみれた手で。幼子の心を守っていけるわけがなかった。
そんな妄想を、なぜ抱いた。
何度繰り返したこのたわけ。判りきっているだろうが。

オマエでは、救えない。
ただの人殺しが、笑顔を浮かべていいはずが無い。
壊れた理想の行き着く先は、その理想に押しつぶされて溺死する。
それだけなのだと―――。


アーチャーは乾いた笑顔を浮かべると、後ろに目をやる。
アサシンの姿は既に無い。逃がしたようだ。
体内魔力は枯渇しており、とてもではないが隠形で気配遮断を行っている
アサシンを追えるものではない。

満身創痍の体を引きずって、窪地の上に上がる。


―――“オマエは、外には出られない”


強力な強迫観念がアーチャーの意思を覆う。窪地にかけられた結界である。
だが。

「黙れッッッッッ!!!!!!」

気合一喝。その術式に抵抗レジストする。
やることがある、やらねばならないことがある。
ふらつく体を制御して、
怯えながら走っていく子供たちに気づかれぬようにその後を追う。

戦争は続く、二人を守る。守らねばならない。

二人が自分を嫌っても、憎んでも。
彼女たちは、良い子だ。明日の幸福を願える、優しい子達だ。
いつかまた、その心は誰かを幸せに出来るはずだから。
幸せに笑えるはずだから。

だから、守ろう。
最後まで守ろう。
それが自分に出来る仕事だ。
この手で誰も幸せに出来ない、化物に出来る唯一のことだ。
戻るんだ、アーチャー。いや、エミヤ。


剣を振るって敵を倒し。
誰かの幸せを守る、一本の剣に―――。



家政夫と一緒編第二部その25。

数え切れない問いかけの果てに。
自らに対する答えなど出きっていた。
エミヤは人を殺す。生前、生後もただソレを繰り返す。
ならば。
そうあろうとした理想で、そうあろうと抱いた生き方で。

人を、救えるはずが無い。


抱いた起源は同じでも。
至ったカタチが違うから。
だから賭けた。自身を消去できる、その可能性に。

―――けれど。
誰かを守って暮らす、暖かな日常の中で。
守ることの尊さ。
守ることの価値。
守って得られる気持ちの、暖かさ。
その意味を、取り戻してしまった。

だから迷う。だから苦しむ。
自身の矛盾を、知り尽くしているから。
その行為の奥に、あるものの醜さを知っているから。
だから、認められない。

本当はもう、■っているのに―――。