果て



―――投影、開始トレース・オン―――


丘に立つ、満身創痍の赤き騎士。
彼を中心とした世界を埋め尽くす“構成要素”が
其の意のままに現象を形作る。
すなわち“無限の剣製”を。


―――ドンドンドンドンドンッ!!!


宙を舞う幾多の剣。その一本一本がまるで矢のように
アサシンに向かって放たれる。

「――――――!」

地をけり後方へと逃れるアサシンだが、生成され続ける“剣の檻”に
ふくらはぎを貫かれ、大地に叩きつけられる。

そこへ。
容赦なく降り注ぐ刃の雨―――。


ドドドドドッ!!


「ガ――――――グギャアアアアッ!」

ブシッ、ブシャアアッ!

貫かれた部位から鮮血を吹き上げるアサシン。
哀れその体は昆虫標本のように地面に磔にされる。

「まだだ」

アーチャーは5本の剣を空中に投影すると
アサシンの右腕に向け打ち下ろした。

ドドドドドッ!

「ギャアアアアアアアッ―――!!!!」

森に響き渡る絶叫。
異形の右腕はその一撃で粉々に吹き飛び、暗殺者は切り札を失う。

「ぐ……………。
投影、完了トレース・オフ―――

最後に干将、莫耶を両手に投影し、アーチャーはアサシンへと歩み寄る。
鉄の長靴が地面を踏みしめるごとに、世界を覆っていた固有結界は形を失っていく。
結界が作り出していた“デタラメ”は自然復元により調律され、
窪地は復元し、生み出された刀剣は全て塵へと帰ってゆく―――。


そうして『剣の丘』は消失した。
残されたのは、切り札を失い瀕死のアサシンと。
自身の失血と返り血で、体を真っ赤に染めた―――アーチャーの姿。


ヒュー……ヒュー……

掠れたようなアサシンの呼吸音が静寂の森に響き渡る。
種を明かせば簡単なことだ。
アーチャーはアサシンの“切り札”を既に見ていた。

冬木デパートから始まった今回の聖杯戦争。その場所から辿りはじめた
弓兵の偵察は、様々な調査を経てこの山―――アサシンの根城にたどり着いた。
偵察を始めて数日、この山で行われた戦いは二度。
アーチャーが視認したサバーニャは二回。その間合いも性質も読めていた。
敵地視察も綿密に行い、この場所のことも調査済みである。
勝つのは道理。
この時が来るのを何度もシミュレートし、それを忠実に実行しただけ。

彼は弓兵、戦場を眺望し敵を討つモノ。
綿密な状況設定、勝つ為の戦術設定、状況運用、そして場所取り。
それを総じて敵を討つ者。
前に出て戦う者ではないからこそ取り得る戦闘手段。
それが弓兵の戦いなのだ―――。


「―――アサシンのサーヴァントよ。これで詰みだ」

何の表情も無く、ただ淡々と。アーチャーは干将を突きつける。
対するアサシンは虫の息。
その喉の奥から漏れるのはかすれたような、喘鳴音のみ。
敵はもう無力化している。


―――これ以上やる必要など無い。
これ以上傷つける必要など、無い。


そう、心のどこかが呟く。



けれども。この存在を生かしておけば。
必ず―――誰かの命を、脅かす。


救われない者は必ずいる。
人を殺すことに快楽を見出すもの。
誰かの生を祝福できないもの。
存在しているだけで―――誰かの命を奪うもの。

その存在が例え、自身の幸福を望んでいたとしても。
笑顔を浮かべて暮らしていける、明日を求めていたとしても。
正義の味方は刃を振り下ろさなければならない。

そうして奪った命。
救えなかった命。
断ち続けてきたたくさんの命の、未来への願い。

その思いの尊さを理解しているのなら。
切り捨ててきた命の価値を、尊いと信じるのなら。

刃を振り下ろさなくてはならない。
殺さなくては、ならない。
理想を、貫かなくてはならない―――。


「――――――」

―――なんという偽善か。吐き気がする。
オレがやっていることは結局。
理想の名を借りた、殺人だ。
勝つために見捨てたものがある。
守るために傷つけたものがある。
―――どこまで行っても救いが無い、概念の化物だ。

『ああ、だから。死んでしまえと、願った。
その為に私は―――ここにいる』

もう数え切れないほど繰り返してきた煩悶。
答えなど出尽くしている。その果てに、たどり着いている。




なのに何故。いまさらそんなことに迷う?
なのに何故。突きつけた剣でさっさと命を奪わない?




浮かぶのは―――凛の泣き顔。


『やさしいひと………なんだよ……っ?
だれかがなくことがいやで、おこってもあいてのことちゃんとかんがえてて……っ
いのちはとうといから、だ、だいじにしなきゃいけないって、
いっぱいいっぱい、せなかでおしえてくれたのっ……!』




―――それが。
その、言葉が。
どれだけ―――嬉しかったか。
その、思いが。
どれだけ―――■せだったのか―――。


「――――――っ」

浮かんだ暖かい思いを否定するように、頭を振る。
許されないその思いを断つかのように刃を振り上げる。
―――迷うな。

そうして、勢いよく振り上げた干将は月光を照り返し、アサシンの、胸に―――



ガサッ―――。


その時、窪地の上から草のこすれあう音が聞こえた。

「―――――――――」
振り向き、見上げる。
まるで、機械のような目で。


「ひっ……」
あがる小さな悲鳴。つく尻餅。


―――そこには。
大事な、二人の少女が、いた。



家政夫と一緒編第二部その24。

救う為にと人を殺して。
ただ、在るだけで人を殺し続ける、そんな下種な存在になりはてて。
滅びてしまえば良いと、望んだ。

だから駄目なんだ。
失ってしまったもの、奪ってしまったものの価値を、良く知っているから。
―――私には、自分が許せない。

けれど。
そんな概念の化物を。
救えない存在を。
暖かい笑顔で迎えてくれる、大切な誰か。

どこにもいかないで、と。
引き留める、小さな手。

彼女たちは、血に曇った禍々しい剣に何を見出したのか?
弓兵には、それがわからない―――。