なによりも。
夜の田園地帯。
「―――――え?」
転んだ凛が見やるのは、異形の痩躯。
大砲のような右の腕。
極限まで肉をそぎ落とした痩身。
亡霊のような、白い面。
それは夜の世界に住む者。
昼とは相容れないもの。
人を狩るだけの、亡霊。
それが。
桜を、抱きかかえている―――――。
ブオオオッ!
アーチャーは座り込んでいる凛の体を左手で抱きかかえると
跳躍ひとつ、10メートルもの距離を0にしてアサシンに肉薄する。
「――――――!」
弾丸のような突進に不意を付かれたアサシンは慌てて距離を離そうとするが
アーチャーは彼の退路を先読みし距離を開けさせない。
ギインッ!
ダガーを引き抜くアサシン、だが既に投影済みの宝剣莫耶でそれを弾き飛ばす。
「――――――ギ!」
インレンジでの格闘戦は不利と判断し逃げに徹する腹積りか、
アサシンは大きくバックステップを踏む。
だがその動きも予想済み。アーチャーはぴったりとアサシンを追尾する。
「キサマ―――――!」
30cmも開けることなくぴったりと動きを
アサシンは焦った様に桜を抱えている腕―――
大砲のような右腕を一閃する。
「――――――たわけ」
それを待っていましたとばかりに抱えられた桜の体を取りに行くが
突如、異形の右腕を覆っていた黒布が視界を覆いつくす。
「―――――!?」
反射的に振るった莫耶で布を切り裂く。
―――開けた視界にはアサシンの姿は無い。
「――――――――」
だが。
今のアーチャーには一部の迷いも無い。
鉄の戦術眼が次々に指令を出す。そうだ。
やるべきことは決まっている。
桜を人質にする隙を、与えないこと――――――!
「
魔術回路に火が入る。望む武器を実体化させるまで0.1秒。神速の域だ。
チュドッ!
肉を抉り、刃が皮膚を裂く音。――――ビンゴだ。
周囲の地面に無作為に投影したソレは鉄菱―――つまりはマキビシだ。
それもただのマキビシではない、釘の一本一本がひどく禍々しい形状をしている。
魔力で実体化したソレは英霊すらも傷つける――――――!
「ガ――――――!!!」
悲鳴が聞こえたのは後方4時の方角。―――捉えた。
「―――ッ―――!」
裂帛の気合と共に振り払われた莫耶は後方のアサシンの右肩を切り裂き
抱えている桜をその腕から開放する。
このタイミングでは桜を捉えられぬと判断したのか、アサシンは
バックステップで刃の海を飛び越える。
―――が。
「あ―――」
アサシンの手からすり抜けた桜の体は、アーチャー自身が投影した
刃の海の中へ―――。
ザキュ!
「……………あ……………」
あまりにめまぐるしい展開に目がついていかなかった凛だったが
最後のその瞬間だけは、捉えた。
凛の体を刃の海の外に放り。
桜の体を掴み。
自らの体を盾に刃の海へ飛び込む、赤い背中を。
ドサッ。
―――状況。
足下方向3メートル。尻から地面に着地する凛。
マキビシの外に放れたようだ。怪我は無い。
頭上方向、約20メートル。着地するアサシンの姿。たいした逃げ足だ。
そして、掲げた両腕の中。
月光を背に、目を見開く桜の姿。
怪我は、無し―――。
「やれやれ。
子供の夜歩きは感心せんな――――マスター」
―――自己診断。
身体破損、内臓諸器官に破損多数。
内臓部位:肺臓ダメージ小、肝臓ダメージ中、腎臓ダメージ中。
鉄菱による刺し傷7。出血多量。
身体ダメージ大―――。
全身を対魔獣用のマキビシに貫かれたのだ。
生きている分、むしろ幸運な状況だろう。
だが――――――
「―――ゴッ―――!」
喉の奥から逆流する血反吐をとめることも出来ず、アーチャーは喀血した。
―――状況判断。
戦闘能力低下。素早い撤退を、要求する―――。
家政夫と一緒編第二部。その21。
―――守れた。