Interlude2-3:追跡


「なんで……………っ………
いつもみたいに、いじわるなこといってよっ………!
なにもいわないなんて、ずるいっ……!」

泣きながらアーチャーさんを怒鳴る姉さん。
黙ってそれを聞いているアーチャーさん。
二人を見つめる、わたし。


強い二人は、まるで泣いてるときのわたしみたいに弱弱しくて。
とっても、苦しそう。

相手のことが大好きだから。
守りたい人だから、自分のあり方が折れてでも伝えるんだ。
だけど。
そのあり方は、自分じゃないから。
姉さんもアーチャーさんも、見ているだけで辛いほど……痛々しい。

そんな二人を前にして。
こんなのは嫌だって、わかってても。
なにも、できなくて……。




そうして、わたしはベッドの中にいる。
眠ったふりをして、わたしたちを見ているアーチャーさんを、見てる。
アーチャーさんは今まで見たことが無いくらい、苦しい顔をしている。
まるで二つに裂けてしまうんじゃないかというくらいに……悩んでる。

そうして、ずっとずっと、わたしたちの顔を眺め続けて。
首をひとつ振ると。
椅子から立ち上がる。


アーチャーさんの姿が消える。
霊体化したのだろう。
わたしは半分……ううん、三分の一くらいだけどアーチャーさんのマスターだから、
アーチャーさんがまだそこにいるのがわかる。
逡巡。
戸惑うかのような、ほんの少しの沈黙の後。

「…………すまない」

小さく、そう呟いて。アーチャーさんの気配が部屋から消えた。



「………………………あっ」
わたしは跳ね起きる。
重い後悔に、跳ね起きる。

なにを、してたんだろう。
なんで、なにもしなかったんだろう。
どうして、声をかけなかったんだろう。


鈍いわたしは今頃気付いた。
姉さんは、言っていた。
「どこにもいかないで」って。
姉さんは、アーチャーさんがどこかへ行ってしまうことに気がついて。
それをとめようとして……苦しんでたんだ。

そんなの駄目だ。絶対駄目だ。
アーチャーさんは優しいから。
一人で、がんばってしまう。
一人で、傷ついてしまう。



暗い部屋で、ずっとずっと、姉さんの帰りだけを待って。
一人でうずくまっていたわたし。
一人は辛い。本当に辛い。
誰かに向けて言いたい言葉も、自分の中で反響するだけで。
自分だけを、傷つける。

姉さんも、アーチャーさんも、きっと同じだ。
一人だけで我慢して、苦しんでる。
ほんとに伝えたいこと言えなくて、苦しんでる……っ!

わたしは、助けてもらえた。
「さくら、どうしたの?」「桜、どうしたのかね?」って。
胸の中でぐるぐるしていた言葉、全部全部。
受け止めてもらえた。
だから……今度は。
わたしが、やらなきゃ!



「ねえさんっ………!ねえさんっ!おきてっ!」
わたしは隣で寝ている姉さんを必死になって揺り起こす。

わたしじゃアーチャーさんを追いかけられない。
馬鹿なわたしじゃ、アーチャーさんに足りない。
一緒に、アーチャーさんに………!

「ねえさんっ!ねえさんっ!あーちゃーさんがっ!
いなく………なっちゃいますよぉ………!」

「―――――――――!!」

その声に、姉さんの体が跳ね起きる。
疲れきった目でわたしを見つめる。

「………あーちゃーが………でてったのね?」
みたこともないほど、強い光を湛えている瞳。
まるで、お父さんみたい。
自分のすることに、迷いの無い瞳。
「…………はいっ」
「いくわよ」
「………あ」

「ふたりで、いくのよ。
ききわけのないかせいふを、つれもどしに」

姉さんはわたしの手を握るとベッドから飛び降り、窓辺へ向かう。

―――――バッ!

開け放たれた窓は夜風を吸い込んでわたしたちの目を覚ます。
月光が姉さんを祝福する。
夜の世界へ、ようこそ、って。


Es ist gros, 軽量、Es ist klein重圧…………!!

――――――キン!

姉さんの左腕が輝き、見えない力がわたしたちの体を覆う。魔術だ。

「さあ、いくわよ。
あーちゃーを、おっかけるの!」

ブアッ!

窓から飛び出す姉さんとわたし。
まるで王子さまみたいに、姉さんはわたしを抱きかかえて跳んだ。
「ひゃあっ!」
すごい速さで流れていく景色。
アーチャーさんに抱きかかえられて跳んだときと、同じ景色。

「あのばか………!
もうおこったんだからー!
わるいことしてるなら、とっちめてやるっ!」

強い風に目を白黒させながら、姉さんの胸に強く抱きつく。
胸のうちには、まだ不安がある。
だけどこうやって、別の………ううん。
アーチャーさんのいる世界に飛び出すことで、何か変わるかもしれない。

沢山の不安と、少しの希望を胸に。
わたしたちはアーチャーさんの後を追いかけた。


―――Interlude out



家政夫と一緒編第二部その20。Interlude2-3。
小さな姉妹はそうして、夜を駆ける。
一年という時の中で、昼を愛し、昼と共に生きていくことの
温もりを抱いたまま。

始めに夜があった。
彼女たちは夜の世界に生きていた。

けれど、迷い悩む弓兵と同じように。
得てしまった昼の温もりに二人は。
夜の恐ろしさを、見失ってしまった―――――。