Interlude2-2:我慢


パタパタパタ。

夕日が差し込む遠坂邸の二階通路。
わたしはネコさんスリッパを鳴らして廊下を歩く。
手に持ったお盆の上には、あったかいココア。
廊下で姉さんのことを待つ、アーチャーさんに持っていくものです。

「――――む」
足音に気がついて、顔を上げるアーチャーさん。
寒さのためか、いまの状況を思ってか。とっても難しい顔。
「あの………ココア、もってきました」
手近にあったサイドボードにお盆を載せるとココアのカップを手に取る。
まだあっつい。
「ああ、私に持ってきてくれたのかね?ありがとう。
――――――桜?」
いつまでも渡してくれないわたしに訝ったのか、怪訝そうな表情でこっちをみてくる
アーチャーさん。
「あの………」
「………?」
「ふーふーいりますか?」

――――――ゴン。

何故だかアーチャーさんは背にしたドアに後頭部をぶつける。
「わわっ、だいじょーぶですか?」
わたわたしながら慌てるわたしに、アーチャーさんは苦笑ひとつ浮かべると
「――――全く。君たちは本当に……………。
ああ、ふーふーはいらんよ。ありがとう、桜」
ココアを受け取って優しく微笑みました。



窓から見える茜色の空を、わたしはアーチャーさんの膝の上から眺めます。
久しぶりにみた真っ赤な夕日はとっても綺麗で……。
姉さんと一緒に見られたら良かったのにな。

「ねぇ、あーちゃーさん」
背をそらして頭上にあるアーチャーさんの顔を眺めます。
「ねえさんなんでおこってるんでしょう?」
「―――――――。
怒っている、か」
その問いに、悲しそうな色を浮かべるアーチャーさんの瞳。
「普段小言ばかりを言っているからな。
いいかげん腹に据えかねたのだろう。
―――――大丈夫。凛は賢い子だ。話し合えば機嫌をなおすさ」
「……………」
そう言って、やっぱり悲しい瞳のままアーチャーさんは笑います。

大事なことを、隠して。


アーチャーさんは優しいから。
きっとわたしに心配かけないためにいろんなことを黙ってる。
誰にも気付かれることなく解決して、そしてみんなで笑えるようになれれば、
それでいいって。
きっと一人で苦しんでる。

ねえさんも、きっとそう。
わたしの為に、わたしに話さないんだ。


―――――なんて。
わたしは無力なんだろう。
強い二人の為に………なんにも、出来ない。


「う……………」
こぼれそうになる涙を、必死で隠して。
歯を食いしばる。がまんする。

アーチャーさんも姉さんも、誰かの為に、強くあろうとしてる。
泣き顔を見せないようにしている。
だったら、私もがんばらなきゃ。


誰かのために、泣くのを我慢しなきゃ。


「――――――桜?」
急に黙ってしまったわたしを訝しむアーチャーさん。
私はがんばって笑顔を作るとなんでもないかのように
「そうですね!」
そう言って、笑った。



家政夫と一緒編第二部その19。Interlude2-2。

どうして、おとうさんはわたしのこと見てくれないんだろう。
何か、悪いことをしたのかな?
謝れば許してもらえるのかな?

伝えたい言葉の多くは少女自身を傷つけ、寂しい思いは募るばかり。
振り向いてほしいと見つめ続けた背中から
答えが返る事は無く、いつしか少女は
「自分は、必要の無い人間なんだ」と、思うに至る。

泣いてばかりの遠坂桜。
寂しい思いをうちに秘めて。
一歩も前に進めない。
暗闇の中で一人ぼっち。

けれどその手を掴んで、ついてきなさいと。
光の中へ連れ出す人がいた。

遠坂凛。
―――この世界で、一番大切な人。