脅威


ブアアアアアアアアッ…………ザシッ。

闇夜の中。
木々の梢を駆ける赤い影。アーチャーである。

あの後、疲れて眠ってしまった凛と桜をベッドに寝かせ、そのまま偵察に出た。
『あーちゃー………いっちゃだめ。
もうどこにもいかないで』
凛が発したその言葉が、今もアーチャーの胸をえぐる。
だがそれでも。やめるわけにはいかない。

『もう、私が何者かなどどうでもいい……。
二人を守れれば、それでいい』
余計なことを考えれば迷いが出る。
迷いは弓の命中率に繋がる。
エミヤが不敗の傭兵足りえたのは、銃器よりも戦車砲よりも
強力で正確無比なその射撃と
戦況を読みきる冷徹な判断力があったからこそ。
それはすべて“迷わない”ことに直結している。
それを失ってしまえば、自分は常人より少しばかり腕が立って
魔力が強いだけの動く的だ。

「……………クッ」
その比喩があまりにも正鵠を射ていた為か、アーチャーの口から苦笑が漏れる。
ホントウに、何もなくなってしまう。
何が優れているわけでもないのだ。
人より少しばかり、見えるものが見えない以外は。


――――――――――キキッ


「――――――!?」


ザッ。

畑のあぜ道。アーチャーはその足を止め地面に降り立つ。
一瞬、なにか蟲の………蟲の鳴き声のようなものが聞こえた気がする。
「………………」
周囲を見渡す。
一面の田園風景。遠くには山々。
虫など―――それこそ五万といる。
鈴虫、蟋蟀……いろんな生物の大合唱だ。
その中で……なぜその“声”にだけ、このように違和感を感じたのか。

「…………気のせい………か?」

周囲を見渡し、念のため簡単な魔力探査を行ってみるが所詮刻印を持たない半端者。
行える術の精度はタカが知れている。
“構造把握”の術式は読み取るための具体的な目標があるからこそできる魔術であり
本来彼が得意とするのは“世界の綻び”の探知である。
こういった探査はルーンや八卦といった占術の出番なのだが、
生憎その持ち合わせはなかった。

なんとなくざわめく感覚を押し殺し、再び地をけろうとするアーチャー。
その時。



―――――ザッ。



アーチャーの後方。70メートル。
降り立つ二つの小さな影。
自分の目がおかしくなったのかと、アーチャーは瞬きを繰り返す。
無論映し出される風景は変わらない。どれだけ暗くとも遠くまで見通せる
強力な視力はアーチャーのスキルなのだ。見間違えるわけがなかった。

凛と桜。
そこにいるのは紛れも無い、主人の姿。

「な―――――――――」

何故、と。
口から出しかけて、無意味な問いであることに気付く。
ああ、これは。
自分のせいなのだ。


「っ……みつけたっ……!」
「あ………………!」
重力制御と身体軽量化の魔術を行使してここまで追ってきたのだろう。
桜を抱えてやってきた凛はフラフラで、桜と共にゆっくりゆっくり、歩きだす。


ああ………。
自分は二人を守ると。
こんな血生臭い戦いに触れさせないようにと。
最後まで隠し通して、この戦いを終わらせられたらと………。
なんという傲慢―――――!


ザンッ!

逡巡は、一瞬。一秒にも満たない。
アーチャーは駆ける。70メートルの距離を疾駆する。

アーチャーが偵察の為に向かっていたのは、昨晩の戦いの跡。
“あるサーヴァント”が戦いの為、陣を張った山の中。
ここはもう、彼らの射程距離内。
魔術師たちのフィールドだ。

『間に合え………!』

走る足音が遅れてついてくるほどの速さでアーチャーは走る。
あと7歩。
よたよたと近づいてくる二人は少し驚きながらもその顔に喜びを浮かべている。

『間に合え――――――――――!』

「あっ」

凛が足をもつれさせ、転ぶ。

―――ブンッ。

その体のあった位置を黒い手が通過し。
凛の右側にいた桜の体だけを、捕らえる。

「―――――えっ」

『敵』は舌打ひとつ、桜の体を抱えると後方へ跳ぶ。
瞬時に投影したアーチャーの剣―――莫耶がその体のあった位置を薙ぐ。
アーチャーは倒れた凛を追い越し、目前の『敵』から主人を守るように立ちはだかり。
跳んだ『敵』はアーチャーの前方10メートルの位置に着地した。


「―――――え?」
倒れた凛は呆然としながら後ろを見る。

闇夜に浮かぶ、白い面。

それはアーチャー以外に初めて出会う、人外の脅威。
アサシンの、サーヴァントの姿だった。



家政夫と一緒編第二部その17。
人外の脅威。
闇夜に潜み、命を奪うもの。
暗殺者のサーヴァント『アサシン』。