闘いの風


―――デパート内で救助活動を開始した消防隊員やレスキューをかわして
アーチャーは外に出た。

事故現場として冬木デパートの周囲には
”Keep out”の黄色いラインが張り巡らされ、
周囲にはパトカー、そして救急車が数多く停車している。
現場周辺はデパートから脱出した客と野次馬、交通渋滞で動かない車が溢れかえり
警察や消防がどれだけの苦労の中ここまでたどり着いたのかがうかがい知れた。

アーチャーはその中から主人達を探す。
賢い彼女らのことだ。ただただ雑踏の中にいることはあるまい。
何か目印になるような目立つもの―――
街頭、噴水、オブジェ、パトカー……いた。

小さな二人はパトカー付の警官の傍で不安な面持ちをして佇んでいた。



「凛!桜!」

大声で呼びかける。
その声に、まるで親鳥を察知した雛のように顔を輝かせて二人はこちらを見た。

「あーちゃーー!」

近くにいた警官は
無国籍な風体と薄汚れたアーチャーの姿にぎょっとして身構える。
「あ、なんだね君は!?」
慌ててアーチャーの前に立ちふさがろうとする警官だが
小さな二人はそれを迂回するかのように走り、アーチャーの足に抱きつく。
立ちすくむ彼に悪戯っぽく笑いかけると、二人は大声で言った。
「「かせいふけん、ほごしゃですっ!」」
目を点にする警官を前に三人は顔を見合わせて笑った。



―――結果から言えば、結界の奥にあったのはデパートの空き倉庫を改造して
作った”魔術師の陣”だった。
木を隠すには森の中。
人の念が多く集まり、かつ古い建造物でもある冬木デパートは
最良の要塞へと早代わりする。
手段さえ選ばなければ”贄”とする人間をも調達可能だ。

だが見つかってしまえば話は別だ。
おおっぴらに行われる魔術師同士の戦闘など
協会の恐ろしさを知る彼らにとって避けたい出来事。
始まってしまえばここを引き払うしかない。
その為ここの主は自らの姿を隠す為、陣の前を意識する事無く通過させる
”人払い”を敷いていた。
しかしその結界はここで行われた何者かとの交戦の結果破壊されたようだ。
アーチャーがもと来た道へ180°回頭してしまったことが何よりの証拠である。
偽装としては不自然極まりない。

また、交戦したであろうどちらの魔術師の姿も
その場には見当たらなかった。
一時間以上も救助活動をしていた以上当然のことだったが。

壊れた人払い、壊れた陣、そして起こってしまった大々的な事故。
そのすべてが指し示す事実は。
ここはもう、打ち捨てられた廃墟であるということ。
魔術師達は”次なる”戦いのため、河岸を変えたのだ―――。




「あーちゃーだいじょうぶだった?」
「おけがはないですか?」
心配そうな顔をした二人が一心に見つめてくる。
アーチャーは二人を抱えあげるとその体を抱きしめた。
「わっ!?
ど、どーしたのっ?」
「あう……?あ、あのっ………」
突然のことに慌てる二人だがアーチャーの何か
―――眉根を寄せて苦しそうな顔を見ると
顔を強張らせる。
「あ……ど、どっかいたいの!?ね、だいじょーぶ?あーちゃー!」
「あ、あの……つらいことありましたかっ!?」
二人の心配は的外れなものだったが……アーチャーにはそれで十分だった。
「……………ありがとうな、二人とも」
礼を言われる訳も判らず二人は困り顔になったが、
どうやらアーチャーが怪我をしているわけではないと判ると
安心してその肩に体を預けた。



―――今まで、ありがとう。
いえなかった言葉を飲み込み、アーチャーは空を見上げる。
昼には晴れ渡っていた空は強い風が運んできたのか
暗い雲に覆われようとしていた。

それは。
これから冬木で始まる苛烈な戦いの行方を暗示しているかのようで
アーチャーの心を不安にさせる。

ああ、判っているとも。
二人を絶対に―――守りぬく。

そう、始まるのだ。七騎の従者サーヴァントが奏でる、人外の戦い。

聖杯戦争が―――。




家政夫と一緒編第二部その8。
冬木で行われた魔術戦の痕跡。
それはこの地で始まる無法の戦いの幕開けを意味していた。
200年の過去から続いてきた長い長い、妄執の戦い。
―――聖杯戦争。

始まった別れへのカウントダウン。
アーチャーは人としての時間とぬくもりを再び与えてくれた
小さな主人達を守り抜くことを決意する。



家政夫と一緒編第二部プロローグ部分終了です。