進むべき道



ウーーーウーーーーウーーーー

消防の車が立てるサイレンの音がはるか地上から聞こえてくる。
その音を背に階段を上っていく。

ザッ。

鉄の長靴がリノリウムの床を踏みしめる。
7F。従業員、役員フロア。一般客には解放されていないデパートの管理エリアだ。
6Fを周回して怪我人の救助を終えたアーチャーは戦闘装束で身を覆うと
事故発生現場である7Fへと上ってきた。

ここにきてアーチャーはこれが事故の類ではないことを確信する。
ビルを揺らすほどの衝撃を伴った爆発―――。
様々な戦地を潜り抜けてきたアーチャーは幾多の兵装や兵器にも詳しく
なにがどれほどの威力を持ち、どういうものがどれだけの爆発を
生み出せるのか理解していた。
少なくともOA機器などがなにかのはずみで爆発しても
あれほどの衝撃は生み出せない。
ましてや役員フロアに指向性爆弾がおいてあるデパートなど
あるわけが無い。

静まり返る役員フロア。廊下で倒れた観葉植物や舞い散った書類の束が
従業員避難の際どれだけの混乱があったのかを伝える。
「―――同調、開始トレース・オン
魔術を起動し、階の構造把握を行う。
立体的に組み立てられた地図からどこをどの順番で回ればいいのかを
シミュレートするとアーチャーは廊下を走り始める。

階下の状況から見て推測できる爆発現場はビルの北側非常口エリアであると
アタリをつけると、途中の部屋をチェックしながら移動していく。

―――生体反応無し、無し、無し。

従業員は既にこのフロアにはいないようだ。
6Fの救助作業中、手伝ってくれた有志の中にデパートの制服を
着ていた者がいたことを思い出す。
もしかすると彼らの中にこのフロアの従業員がいたのかもしれない。
「真のプロフェッショナルという奴だな―――っと」
目前の廊下に広がる焼け焦げたような後を視認すると
アーチャーは表情から笑みを消す。どうやら爆発現場が近い。
適度の緊張とリラックス。
コンディションをより良く整えるとアーチャーは爆発現場へと踏み出s――――

―――――――――――――――――――――――――――――――。

「………っと」

カッ。

アーチャーの足が床を踏みしめる。そこは廊下。
”普通の廊下”だ。焼け焦げた跡などありはしない。
「―――なんだ?」
おかしい。目の前に見える景色の違和感。
感覚を研ぎ澄ます。意識に上る疑問。

―――私は、何をするために何処へと向かっていた?

「………爆発原因を調べるために、事故現場へ向かっていた」
明確だ。だがこの足は向かう場所とは違う所に立っている。
「………意識に一瞬のブランクがあったな」
感情を落ち着けると”構造把握”で得たフロアのMAPを浮かべる。
今自分がいる場所は爆発現場へと向かう途中に通った場所。
つまり180°回頭して自分はその場所に背を向けていることになる。
―――これは。

「人払い………意識に訴えかける結界の一種か?」
人払い。
土地自体にかける結界魔術の一種で
無意識に働きかけ特定の場所への立ち入りを”忌避”させる。
術の効果範囲内にいる人間はその場所を意識することが出来ない。


―――魔術?


ゾクリ、と。
当たり前のように出たその単語に身を震わせる。

恐る恐る振り返る。
意識を強く持ち、目の前に続く廊下を目視する。
だが、アーチャーの超人的な視力を持ってしてもその先を”知覚”できない。
いや、”知覚しようとすることに抵抗”がある。
それは紛れも無い魔術。人を特定の場所へと近づけさせない
人払いの結界魔術だ。

冬木で。
遠坂の管理地で、遠坂以外の魔術が公然の場で使われている。
そのことが示す事実はこの地においてある”事柄”に強く結びつけて考えられる。
それは―――――。
それは。


「…………そうか」


ほんの一瞬だけ、さびしそうな笑みを浮かべるとアーチャーは
”知覚”出来ないその先を睨みつける。
『その先へ進まなければならない』と自らに強い暗示をかける。


ああ、自分がこの地にいる以上、それは必ず起こるものとして
最初から存在していたのだ。
だから。
これは、避けては通れない道。


「いくぞ―――――」


アーチャーは意識干渉を振り切り一歩を踏み出す。
その一歩がたとえ。

大切な誰かとの別れを意味していたとしても―――。




家政夫と一緒編第二部その7。
古より続く戦いがある。
その身を、その血を捧げよと呼び出される者たちがいる。
彼らは強い意思を胸に秘め剣を取る。
自らの”願い”をかなえる為に。

その戦いの名は―――――。