戦鐘


「ねーねーあーちゃー、おようふく、おようふくーー!」
子供服売り場の前を足早に通り過ぎようとしたアーチャーの手を
しっかと捕まえる凛。
「……………家にたくさんあるだろう」
期待に満ちた瞳で見上げる凛を断固拒否の姿勢で迎え撃つアーチャー。
両者の間に火花が飛ぶ。
「………きれいにもらったおようふくのこと?
あーちゃー、てれびにでてくるアイドルがおなじふく
きてるのみたことある?」
「…………………ないな」
「でしょでしょー?
きれいったらまいとしまいとしおんなじふくしかよこさないんだよっ?
このすーぱーあいどるたるりんちゃんがそれじゃだめじゃない!
せかいのためにもっ!」
「何処の世界かね……」
「まーそういうわけでひとつみつくろってくれたまえよきみー」
「………………」
「あはは………」
呆れて黙り込むアーチャーの横で苦笑して頬をかく桜。
だが、アーチャーを見上げるその目に僅かな期待を乗せていたりする。
「………まったく。今日は外食だけの予定だろう?
………それだけならマウント深山商店街でも良かったというのに
わざわざ新都まででてこさせた理由はソレか?」
呆れた顔で二人を見るアーチャー。
「ば、ばかいわないでよ!げきからマーボーなんてまっぴらごめんだもん!」
「ううーやですー………」
思い出したのかげんなりした顔になる二人。
「そらそら、こんなところで時間を食うと昼が過ぎて
夜が食べられなくなるぞ」
追い立てるように二人の背中を押して小走りにエスカレーターに向かう。
「あっ!やーーー!」
「わわっ!ころんじゃいますよぉ!」
あわてて走り出す二人を苦笑しながら追い立てるアーチャーだった。

冬木デパート。
冬木っ子御用達の地元デパートという奴である。
その歴史は古く、明治に開業した由緒正しい呉服屋を母体にもち
都市の開発にあわせ百貨店に模様替えして今に至る。
だが、此度の新都再開発の流れで冬には取り壊しが決定し
閉店セール中の冬木デパートは連日大盛況らしい。

今日は休日。その為もあってかデパートは人波でごった返していた。
「はわー………」
雑踏の人いきれにふらふらとしだす桜。
「………と、大丈夫かね?」
あわてて桜を抱き上げるアーチャー。
「もーさくらったらひとごみによわいんだからー。
………だいじょうぶ?」
心配そうに桜を見上げる凛。
「あはは、ちょっとあてられちゃいました。
すこしおやすみすればだいじょうぶですよ」
「それじゃちょっとそこのベンチでやすんでこっか」
エスカレーターを途中で降りて階段横に設置されているベンチに腰掛ける一行。
「あうー、すいません………」
「あやまらないの。しょうがないんだから」
くすくす笑いながら横になる桜の頭をなでる凛。
そんな姉妹の様子を優しい目で見つめるとアーチャーは席を立つ。
「はれ?どっかいくの?といれ?」
「サーヴァントにそういった行為は必要ない。
飲み物でも買ってこようと思ってな」
「それじゃわたしコーラ!」
「わたしイチゴジュースがいいです〜」
「了解。少し待っていろ」
二人の注文を聞くと自動販売機を探して階段を下りる。

コツコツ。

館内地図に目を走らせ階段を下りてゆくアーチャーの背に
姉妹の楽しそうな会話が聞こえる。
時折混じる好きだの嫌いだのと飛び交う少女達の会話。
「なにを話しているのやら………」
苦笑交じりに聞き流すとアーチャーは思考の海に潜っていく。

なんて、平和で幸せな時間なのだろうか。
自分の人生ではありえないほどの………幸福な時間。

誰かを殺して、笑顔を守る。
泣く人の為に誰かを殺す。
百を生かして一を切る。
万を生かして十を切る。
ソレだけが、自分に出来る全てだった。誰かの幸せを守る唯一だった。
けれども、そうして切った一には呪われて。
生かした百には誹られる。
それでもそれが一番なんだと、必死になって生きてきた。
いつだって自分はこの手を血で真っ赤に汚してきた。
誰かの返り血を浴びない日など無かった。
泣く人がいない日など無くて。目に付くのは笑顔よりも慟哭だった。

―――そんな自分が。
ただ二人の少女を守るために、
一年以上も血に汚れない暖かい日々を送ることが出来た。
優しい笑顔と信頼の微笑みに囲まれて日々を送ることが出来た。
だから。
アーチャーは最近、ふと考えてしまう。

もう自分には十分なのではないだろうか―――?
と。

「む、あったあった」
公衆電話が幾つか並ぶ階段横フロアに
カップタイプの自動販売機が設置されていた。
注文の品があるか確認すると、お金を投入しようとサイフ口を開ける。



――――その時。


ドッ……!ガシャアアアアアアアン!…………ズズン!


それは、彼”本来の”日常にとってあまりに慣れすぎた、音。
爆発、その衝撃でガラスが割れる音、爆風により壁が崩落する音―――。
平和な日常の中聴くことの無かった、それは争いのチャイム。

「――――――――――」

スイッチが、入る。
やるべきこと、成すべきこと。己が理想。
錆付き始めていた心眼が目を覚ます。

―――状況推定:ビル上階フロアにおける爆発。
救助ルート:逃走経路、避難経路、緊急通路、消火栓等の位置は把握済み。
優先行動:―――。



「凛、桜―――!」


―――マスターの救助!

そして聞こえてくる悲鳴と絶叫、逃げ惑う足音。
そんな阿鼻叫喚の中アーチャーは走り出す。
守るべき二人の下へ。



家政夫と一緒編第二部その3。
チャイム。
平和な時を引き裂く争いの鐘。
その音は弓兵に自分のいるべき場所を思い出させる。
さあ走れ。
オマエはその為に生きているのだろう?と。