異常



”影の小人”が踊る。
机の上を跳んだり駆けたりしゃがんだり、
ずんぐりとした体をめいっぱいに使って使い魔は主の意思を叶え続ける。

元気にはしゃぎまわる小人は勢い良く身を屈めると、膝のばねを生かして
大きくジャンプ。空中で二回転した後、ライダーの肩に着地した。

「どう?」
「………100点です」

上目遣いで尋ねてくる桜に、意外そうな顔で評価を下すライダー。
隣で見ていたディーロも目を丸くしている。
それはそうだろう。先日まで維持もままならなかった使い魔制御を、
完璧な形で行って見せたのだから。

「ふふっ、このくらい出来て当然ですよ!おいで、小人さん」

桜の命を受けてライダーの肩から机に飛び降りる影の小人。
主の前でペコリとお辞儀をすると小さなダンスを踊る。
どうやら自立意思も備えているようで、時折面白いアクションを起こして
桜を笑わせたりしている。

「………………」
「………………」

楽しそうな桜を緊迫した面持ちで見つめるライダーとディーロ。
二人はこの事実に寒気すら感じていた。



―――使い魔とは魔術師が使役する分身である。
分身とはいっても、本来雑用を任せる程度の存在なので、
主のコントロールで用をこなすだけの“触覚”を使い魔と呼ぶ場合が多い。
東洋の魔術師が使う紙で作った“式神”や、
凛の使う宝石鳥あたりがそのイメージに近いだろう。
桜の使う影の小人も、毛髪を使って作り出した触覚インスタントである。

とはいえ高価な資材や魔術知識を注ぎ込み、
高い性能を持つ使い魔を作ることも出来る。
自立意思を持ち、自己判断が出来る使い魔がそれである。
こういった使い魔を作るためには、魔術師自身の魔術回路を使ったり、
動物の死体を使ったり、強い念を以って死んだ人間の霊魂を使ったりと、
手間的にも儀式的にも多くのものを必要とする。

それ故に……小人がここまでの性能を持っているのが
ライダーには不可解なのだ。

制御が上手くいくだけならばまだ良かった。
けれど、明らかな意思を持って動く小人の姿は、ライダーの心に不安を生む。
先日から続いている妙な事件……
桜の異常はそれに関係しているのではないのか―――?




「ライダーさん、ちょっといいかね」
「……はい。サクラ、少し席を外しますので
テキストに目を通していてください」
「うん」

ライダーの言葉に上機嫌で頷く桜。
ディーロが用意したテキストを使い魔に運ばせて、二人一緒に勉強を始めた。
その様子にますます不安を募らせる。
並行思考でもしているのだろうか。
溜息一つ、廊下に出るライダーとディーロ。


「ライダーさん、桜ちゃんの回路……弄ったのかね?」
「まさか。私にそんな技能はありませんし、
今のサクラはブラックボックスのようなものです。
私程度の魔術知識では桜の回路に触れることも出来ません」
「そうか……」

顎鬚を撫でて考え込むディーロ。
この状況に一番困惑しているのはライダーよりも彼だろう。
先日、呼び止められた際に彼に言われた言葉を思い出す。



『このままだと桜ちゃんは魔術師としての初歩すら身につかん。
それでも、彼女に魔術を続けさせるのかね?』

先日の桜の様子を見て堪りかねたのだろう。
ディーロは彼女のことを思うのならば、
当たり前の魔術教練を打ち切るべきではないかと
ライダーに相談を持ちかけてきたのだ。

二人が桜に教えているのは、どんな魔術師も当たり前のように行っている
初歩の初歩、魔力出力ちからかげんの制御である。
けれど、聖杯の後遺症によって過出力を強制されている桜は、
大出力の破壊を行う事は出来ても、
小さな魔術にこめる魔力を安定させる事が出来ない。
どんな事にでもいえることだが、ほどほどの力加減を覚えなければ
安定した成果は望めない。
つまり―――魔術が身につかないのである。

聖杯の影響で得た魔力供給はこの上ないギフトであると同時に、
初心者魔術師である桜にとって最悪の足枷として機能しているのである。



そんな桜が、ライダーやディーロを驚かすレベルで魔術制御を成功させた。
一体何があったのかと心配するのも当然の話だ。手放しで喜ぶ事など出来ない。

「何か心当たりはあるのかね?」
「………………」

ディーロの質問に考え込む。
心当たりならある。不信な状況には二度ほど遭遇している。
しかし、ディーロを信用して全てを伝えていいものか、ライダーは悩む。
人間性の話ではない、所属組織の体質の問題である。
いくら私的に仲が良いとはいっても、ディーロはあの・・聖堂教会の司教である。

“第八の秘蹟”を掲げる聖堂教会はすべての異端を許さないと聞く。
本来魔術師達も彼らにとっては忌むべき敵。
その力が教会にとって異端と認められれば、
彼らは敵を排除する事に躊躇わないだろう。

ディーロの異端審問官としての側面をライダーは知らない。
異常の正体が割れていない状況で全てを話すのは
得策ではない、と判断する。

「いえ、私も困惑しています」
「……そうか。何か気付いた事があったら相談しておくれ。
桜ちゃんの件を抜きにしても、最近この界隈はきな臭いのでな」
「きな臭い……?」
「ああ。極東は今、混沌の坩堝じゃよ。
埋葬機関も動き回っているというし、二十七祖もこの国で滅ぼされたようじゃしの」
「二十七祖が……?」
「わしはこの嗅覚一つで司教になったようなものでの。
もちろん世間様の動向にも耳をだんぼのように広げておるよ。
こことここが敏感なのじゃな」

ディーロはそう言って鼻の頭と耳の辺りをとんとんと指差す。

「とはいっても破廉恥な意味合いではないぞ?」
「……ふ。全くあなたは……」
「……じゃが、本当に何かあったら頼っておくれ。
桜ちゃんはわしにとって、孫みたいなものじゃから」

そう呟くディーロの顔は身内を心配する者の顔で、
彼を信じきれない自分に胸が痛くなる。

「はい。その時が来たら……頼らせてもらいます」
「うむ」



ライダーと一緒編-Sその7。
桜の異常。
唐突に技能を上げた桜に対し、二人の師は疑念を覚える。