異変


「………女の子?」

士郎は怪訝な目で少女を見る。

艶のあるオカッパの髪の毛とくりくりした大きな瞳が
印象的なとても可愛らしい女の子だ。
古風な顔つきはいまどき珍しい純日本風、といった感じである。
干した洗濯物を引っ張って引き摺り下ろそうとしているようだ。

「どこから入ってきたんだ?
おーい………」
「士郎」

歩み寄ろうとする士郎の肩を掴んで制するライダー。
その表情は少し緊張している。

「え、なんだよライダー」
「………強い魔力を感じます。アレはこの世の存在ではありません」

その言葉を聞いて緊張を走らせる士郎。
魔眼も、鋭敏な魔力の感知技能も持たない士郎には気がつかなかったようだが
少女は強い魔力を内包していた。警戒に体を硬くするライダー。
だがそんな二人を傍目にして、少女は一心不乱に
洗濯物を引き摺り下ろそうと頑張っている。

「………もー、二人とも、どうしたんですか?怖い顔をして。
あの子……たぶん座敷童ですよ」
「………座敷童? ……あれが?」
「………ザシキワラシ………」

意表を突かれ驚いた表情に興味を浮かべる士郎と対照的に
疑念を隠さないライダー。

「あれ?ライダー知らないの?
うふふ、それじゃ教えてあげるね。
座敷童っていうのは日本の精霊の一種なのよ」



―――座敷童。
5、6歳の童女や童子の姿をとって現れる家の精で
東北地方の民話に伝わる精霊の一種。
いたずら好きで夜中に枕を返したり布団に乗って遊んだりするが、
害をなすばかりではなく、見たものに幸福を与えるともいわれている。



「精霊…………」

ソレを聞いてなお、ライダーの顔からは警戒が消えない。

「しかし本物の座敷童が見られるなんて思いもしなかったな……。
たしかに古い家ではあるけど」

元々幽霊屋敷として買い手がつかなかった家である。土壌は整っていたともいえる。

「うふふ……座敷童を見ると幸せになれるんですよね?
座敷童ちゃん、出てきてくれてどうもありがとう」


微笑んで礼を言う桜に気付くと、少女はこちらへ振り返りにっこりと微笑む。
だが―――。
一行がそれに笑顔を返す間もなく、少女は宵闇に溶けるように消えてしまった。


「あ…………。
消えちゃいましたね………」
「……………ふ」

残念そうな桜の頭に、ぽんと手を置く士郎。

「なにか幸せなことがあるといいな」
「………はい。
でも………私、いつも幸せです」

士郎を見上げてにっこり微笑む桜。

「あー………。
ほ、ほら、もう辺り真っ暗だし。夕飯作ろうか」

頬をかきながら慌てて居間へと戻る士郎。
桜も洗濯物を取り込もうと物干しへと向かう。


「――――あれ?
ライダー、どうしたの?」


その場から動かず、宙を睨みつける従者の姿を目に止めて、桜は声をかけた。

「……………………」

ライダーの脳裏には、どうしても離れない違和感がある。



―――ザシキワラシ。
本に埋もれて暮らすライダーは、その存在の事を恐らくは桜よりも良く理解していた。

”精霊”。
座敷童はこの国に古来から存在する超自然の存在、精霊の一種だ。
それは古い時代の日本には確かに存在していた幻想『だった』。
そうした超自然の存在、強い魔力を持つ幻想種、精霊といった
生物の多くは今はもう居ない。
人間が神秘や魔と相容れなくなった遥か昔に、世界の裏側へとシフトしてしまったのだ。
世界の裏側―――。
つねに世界と表裏一体にありながら、
決してこちら側と関わることのないもうひとつの世界。
霊力の強い土地や人々の信仰が強い土地、
または神域ならばそちら側との境界が甘く
今でもそうした精霊に出会うことはあるかもしれない。
だが、この国の人々はそういった神秘を正しく認識できるほどの信仰心を失って久しい。

『なにかがなければ精霊が呼び出されるわけは無い』
そう、魔術的な『何か』が、無い限り。




「ライダー?」

少し不安そうに、声をかけてくる桜。

「………いえ、なんでもありません」

そんな主の不安を消すかのように笑顔を浮かべると
ライダーも洗濯物の取り入れに加わる。

「今日の食事はなんでしょう?サクラ」
「あ、今日は先輩もいるし、少し手の込んだもの作ろうと思うの。
楽しみにしててね?」

士郎と料理が作れるのがよほど嬉しいのか、とびきりの笑顔で微笑む桜。
足取りも軽く、鼻歌交じりに洗濯物を取り入れていく。


―――思い過ごしであればいい。
サクラには平穏な生活だけがあればいいのだ。
これ以上苦しむ必要など、何処にも無い。

主の幸せをなんとしても、守る。
そう決意をして、ライダーはシーツの取入れを始めた。



「…………あれ?」

洗濯物を次々と取り入れる中、桜は自身の体に出来た妙なものに気がついた。
左手首に黒ずんだ模様のようなものが浮き出ている。

「…………アザ?」
「桜、終わったらこっち手伝ってくれー」
「あ、はぁい」




ライダーと一緒編-Sその5。
異変。逢魔が刻。
少女の出現は主の未来に幸福と陰りを運んできた。